梅田正己/書籍編集者/ソマリア沖海賊問題 海賊対策の専門官庁・海上保安庁を跳び越して なぜすぐ「自衛隊派遣」に跳びつくのか?09/01/28


ソマリア沖海賊問題

 

  海賊対策の専門官庁・海上保安庁を跳び越して

   なぜすぐ「自衛隊派遣」に跳びつくのか?

 

  梅田 正己(書籍編集者.著書『変貌する自衛隊と日米同盟』他)

 

 

◆またも自衛隊法の拡大解釈

 

 ソマリア沖の海賊対策として、政府は自衛隊法82条の「海上警備行動」を使って海上自衛隊を派遣することを決めた。

 

 「専守防衛」を大前提として制定された自衛隊法の中の「海上警備」は、もちろん日本周辺の海上に決まっている。それなのに、自衛隊の行動範囲をグローバルに拡大して、遠くアフリカ沖まで適用しようというのだ。

 「法治国家」の政府がやることではない。

 

◆海賊取締りは海上保安庁の役目ではないのか

 

 それにだいたい海賊の取り締まりは、海上保安庁の仕事だ。だから海上保安庁の巡視船も、武器を装備し、ヘリコプターも搭載している。01年12月には奄美大島沖で、北朝鮮の覚せい剤密輸船(と見て間違いない)と銃撃戦を行い、自沈させた。

 

 いわゆる不審船(ほとんどが麻薬や銃器の密輸船と見られている)の取り締まりも、海上保安庁がやっている。

 

 それなのに、不審船というと、すぐに海上自衛隊と結び付けられ、海自強化のテコとされてきた。今回のソマリア沖海賊対策についても、同様の魂胆ではないのか。

 

 海賊取締りは、実際、海上保安庁の仕事であり、そのための訓練も行われている。

 

 同庁のホームページを見ると、今年1月の『海保ニュース』№9に、「官民連携による海賊対策訓練の実施」として、次のような記事がある。

 

 「(昨年)11月17日及び12月12日の両月、東南アジア公海上において、東南アジアへ派遣中の巡視船しきしまと日本関係船舶及び関係者により海賊対策訓練を実施しました。

 

 同訓練には、日本関係船舶が海賊船から追跡・接近等を受けた場合を想定した実働訓練を実施し、同船への海上保安官を移乗させ安全確認を行う訓練のほか、官民一体となった情報伝達訓練等を実施しました。」

 

 実地に訓練をやるくらいだから、情報についても海保はもちろん取り組んでいる。

 

 そのホームページの「ニュース」には「海賊及び海上武装強盗情報」が載せられ、その末尾には「ソマリア沖での海賊発見状況及び注意喚起について」の記事がある。

 

 くり返すが、海賊対策は、密輸取り締まりや海難捜索・救助などと並んで海上保安庁の重要な仕事の一つなのだ。

 

◆“テロ・海賊対策専用”の巡視船「しきしま」

 

 したがって、その任務が果たせるように、海上保安庁は全国10の管区に1~2隻ずつ、全部で13隻のヘリコプター搭載の巡視船を配備している。

 

 その中でも突出した能力を備えているのが、上記の東南アジア公海上での海賊対策訓練に登場した巡視船「しきしま」だ。

 

※ 巡視船しきしまの写真

 

 この船は、1992年、イギリス、フランスの核廃棄物再処理工場から日本へのプルトニウムの輸送船を護衛するために建造された船だ。6500トン、コーストガード(沿岸警備隊)の巡視船としては世界最大という。航続距離も2万海里(3万7千キロ)とずばぬけている。

 

 テロ集団によるプルトニウム略奪に備えての護衛船だから、船体も軍艦構造で造られており、テロ集団や海賊に対しては十分な戦闘能力を備えている。

 

 レーダー誘導、センサー誘導による精密な対空・対水上射撃も可能で、海賊の小型高速船やヘリによる攻撃にも十分に対処できるという。

 

 こういう“海賊対策専用”の船を、海上保安庁は持っており、その要員も抱えており、そのための訓練も行ってきているのである。

 

それなのに、ソマリア沖の海賊対策では専門官庁の海上保安庁を跳び越して、自衛艦派遣に飛びつく。なぜなのか?

 

 そのために、自衛隊法を拡大解釈して無理を強行する。なぜなのか?

 

◆すっ飛ばされた、かんじんな問い

 

 ソマリア沖にはすでに、欧米や中国など20ヵ国が軍艦を派遣しているという。だから日本も護衛艦(軍艦)を派遣するのだと言われるかもしれない。

 

 しかし日本には、海賊取り締りの専門官庁として海上保安庁があり、遠く公海に出てその役目を実行できる船も要員も存在し、実際に公海上で訓練を重ねているのだ。

 

 したがって、まず検討されなくてはならないのは、海上保安庁の巡視船の派遣でなくてはならない。

 

 1月24日の朝日の社説も「海賊対策」もこう述べていた。

 

 「海賊行為は犯罪であり、本来は海上保安庁の仕事だ」

 

 これは正しい。ところが社説は、続けてこう言うのだ。

 

 「しかし、日本をはるかに離れたアデン湾で長期間、活動するのは、海上保安庁の装備や態勢では実質的に難しい」

 

 そこで自衛艦の派遣もやむなし、となるのだが、この社説の筆者は「海上保安庁の装備や態勢」をどこまで調べたのだろうか。

 

 「海上保安庁には手にあまる。だから自衛艦を」というのは、政府の主張である。

 

 それに対し、「ちょっと待ってくれ。本当に海保には出来ないのか?」と調査に入り、その結果を伝えるのが、ジャーナリズムの役目ではないのか。

 

 かんじんの問いをすっ飛ばしてしまうようでは、“権力の監視”などとてもできるとは思えない。