梅田正己/ジャーナリスト/自民党「新憲法草案」の見せかけと中身――空虚なキャッチフレーズに誤魔化されまい/07/01/20

 


自民党「新憲法草案」の見せかけと中身
――空虚なキャッチフレーズに誤魔化されまい

      梅田 正己(ジャーナリスト。著書『変貌する自衛隊と日米同盟』高文研ほか)

 1月17日の自民党大会で、安倍首相は「憲法改正」への意欲を改めて強調した。こんな具合だ。「国の骨格を示すものは憲法だ。立党の精神に立ち返って憲法の改正に取り組んでいく」

 当日夕方にも記者団にこう力説したという。
「私たちの世代で、憲法改正に取り組んでいく責任がある」(以上、朝日、1・18付)

 テレビでも、「憲法改正によって戦後日本のレジームを変えていかなくてはならない」と語っているのを聞いた。
レジーム(regime)とは、政治体制、政治の枠組みをさす。自分の任期中に、憲法を変えて、この国の政治体制を一変させるのだと意気込んでいるわけだ。

 では、憲法のどの部分を、どのように変えて、政治体制を一変させるのだろうか。
それについては、安倍首相は具体的には何も語っていないが、自民党ではすでに一昨年10月に「新憲法草案」を発表している。自民党総裁でもある安倍氏の「憲法改正」の中身は、当然、この自民党「新憲法草案」を意味しているはずだ。

 ところがこの「新憲法草案」、名乗りだけは「新憲法」と大きいが、がらりと変わったのは「前文」と「9条」だけ、あとはプライバシー権や環境権、犯罪被害者の権利擁護などを付け加えたに過ぎない。
つまり、「新憲法草案」の名に該当するのは「9条」の箇所だけなのだ。
 それなのに、「国家の骨格」だの「戦後日本のレジームの変革」だの大風呂敷を広げている安倍首相は、自民党「新憲法草案」を実際に読んでいるのかどうか、怪しいと思わざるを得ない。

 ところで自民党憲法調査会は、「新憲法草案」という大きなタイトルを掲げながら、前文と9条を除いてはなぜ大きく変えることが出来なかったのか。その一つの答えが、今年元日の毎日新聞に出ていた。
自民党の桝添要一氏と、民主党憲法調査会長の枝野幸男氏との全1ページを使っての対談「戦後生まれ議員が語る憲法施行60年――改憲論議節目の年」である。

 桝添氏は、自民党の「新憲法起草委員会」の事務局次長として、条文化の調整に当たったという。つまり、「新憲法草案」を作成する上で最も深く実務にたずさわった人物である。その桝添氏が、こう語っている。

 桝添氏 私ね、自民党の「新憲法草案」を書いていて、「(今の憲法は)いや、実によくできた憲法だな、マシンとして非常に完成したものがある」と思った。ひとつの部品をいじると、全部、いじらなきゃならない感じがした。ただ、さすがに古くなった。

 最後の「さすがに古くなった」というのは、だから“新しい”プライバシー権や環境権を導入したということなのだろう。
しかし、全体構成はそのままであり、条文もほとんど変わっていない。いや、変えることが出来なかった。現行憲法はきわめて完成度が高く、何とか変えようとやってみたが、「ひとつの部品をいじると、全部、いじらなきゃならない感じ」がして、結局、一部に加筆するだけにとどまらざるを得なかったのだ。

 したがって、自民党「新憲法草案」が主張しているのは、この一点だけである。
すなわち、9条の改変。
唯一、9条を変えることだけが、自民党「新憲法草案」の目的であり、狙いなのである。

 でも、そう言ってしまうと、あまりにミもフタもないから、安倍首相は「国家の骨格」だの「戦後日本のレジームを変える」だのと大風呂敷を広げて煙幕を張っているのかも知れない。
そう考えると、これは一種の高等戦術にも思えるが、しかしこの程度の煙幕は自民党「新憲法草案」を少し注意深く調べてみればすぐに破れてしまう。

 小泉前首相は「ワンフレーズ政治」だったが、「美しい国」の安倍首相は「キャッチフレーズ政治」のようだ。かつて、軍国主義時代にもキャッチフレーズが氾濫した。「八紘一宇」や「尽忠報国」などだ。キャッチフレーズの政治的効果には、くれぐれも注意が必要である。