鈴木 益邦 新聞OB九条の会幹事 / 【社説ウォッチング】 憲法記念日を読む      08/05/10

          

【社説ウォッチング】
憲法記念日を読む
     鈴木 益邦 新聞OB九条の会幹事

憲法施行61年。各紙の社説(38紙)はどのように扱ったか。
9条改憲派は各紙の世論調査ではますます少数になっており、一時の勢いはいまやない。国民の生存権に対する攻撃の中で、福田内閣の支持率は軒並み20%、18%台と低下した。こういう状況を反映して、今年の特徴は、憲法を生かす前向きの論調が目立ったこと、事なかれ主義を排し、人権、民主主義に対する緊張感を強調したものが多かった。

【幅広い論議】
この変化に確信を
「前のめりとでも言うべき改定気分はすっかり鳴りを潜めている」(朝日)「すっかり静かになったように見える憲法論議」(中国)。
「熱が引いた今だからこそ、現憲法が誇る国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という基本理念の意味を再度かみしめ、この国のありようを冷静に問い直したい」(南日本)「憲法全体への関心を高め、日本の将来を幅広い視点で考えてみたい」(山陽)。
「今こそ憲法理念に思いを」(岐阜)「国民が命を吹き込む大切さ」(西日本)というように、多くの新聞が積極的に論議を進める視点をもつていることは心強いし歓迎できる。

【暮らしも支える】(9条)
軍事なき平和貢献
各紙は一斉に名古屋高裁判決を取り上げ、その重みを重視する社論が目立った(17紙)。
「対米協力を優先させ、憲法の制約をかいくぐり曲芸のような論理で海外派遣を強行するやり方は限界に達している。そのことを明快に示す判決だった」(毎日)「政府が説明してきたことが否定されたわけで、その意味は重い」(山陰中央)「平和生存権をはっきり位置付けた。現代において憲法の保障する基本的人権は平和の基盤なしには存立し得ない。」(河北)と評価した。
「政府には活動を再検討し、見直す空気もなく司法の判断を軽視している態度は遺憾だ」(宮崎日日)「憲法をないがしろにするゆゆしき事態だ」(愛媛)。「政府は判決をことさら軽視しようとしている。〜しかし政府が今やるべきことははっきりしている。イラクから撤退し、憲法にのっとって武力に頼らない国際貢献のあり方を考え直すべきではないか」(北海道)と政府批判が続いた。
徳島は「イラクや多くの紛争地帯を見ると、軍事力だけでは平和の構築はできない。平和憲法を持つ日本は、医療や福祉、教育など非軍事面での協力をもっと拡大すべきである」と指摘した。
憲法61年振り返って「九条は暮らしも支える。九条の歯止めがなければ、日本は米国からより大きな軍事的役割をもとめられていたはずだ。〜死者も出ていた可能性だって否定できない。日本人が享受してきた安全で豊かな暮らしは多分に、憲法に支えられている。このことは繰り返し強調されてよい」(信濃毎日)と9条の存在意義と平和貢献に生かすことを強調した。
さらに日米軍事同盟=安保条約にもふれて、沖縄は「〜在日米軍は、すでに安保条約を超えた活動をしている。事前協議制は空文化し、極東条項もあってなきがごとき状況だ。憲法九条だけでなく、安保条約さえも、現実とかい離がはなはだしい。米国が日本に求めているのは、集団的自衛権が行使できるように法制度を変えることだ。だが、想像してみよう。九条がない状態でイラク戦争を迎えていたらどうなっていたか、米国の国家戦略に従って海外に軍隊を派遣し共に血を流して戦う―そのような同盟関係を築くことが本当に望ましい日本の未来像といえるのか。〜九条を國際公共財として位置づけ、非軍事分野の役割を積極的に担っていくことが重要だ」と論じた。9条を守ることを一歩進めて「9条を平和に生かす」という視点がいくつかの論調に現れてきたのが特徴といえる。

【生活の盾として】(25条)
現実に生かそう
 憲法25条が保障しているのは単なる「最低限度の生活」ではなく「健康で文化的な生活」だ。国民の貧困と格差は広がり、怒りはいま各分野で高まり広がっている。憲法25条の社会的生存権にからむ諸問題を憲法記念日で取り上げたのは18紙にのぼった。
「格差や貧困が切実に響く、年金、医療など老後の暮らしも不安でいっぱいである。憲法は国の大本を定めた最高法規〜私たちの日常生活の隅々まで入り込み支えている」(神戸)。「自殺、虐待、非正規雇用拡大、25条の精神にほど遠い」(北日本)「行きすぎた市場主義・能力主義が『公平、平等、相互扶助』という憲法の精神を忘れさせ25条の規範としての意味が薄れた」(東京)「高齢医療・医療費抑制というが、GDP比8%という日本の医療費は先進国の中で目立って低率。先進国では医療費増は当たり前のことと受け止めている。〜最低限度の生活を営む権利と平和のうちに生存する権利のこの二つは手放さない」(西日本)など、各紙が総じて問題の深刻さを指摘した。
「憲法と現実のかい離が広がっている。生存権の侵害に監視を強める努力が必要」(毎日)「憲法は現実を改革する手段なのだ」(朝日)といい、「憲法を暮らしに定着させるのは国の責任」(北海道)と憲法を現実に生かす上で国の責任を指摘した。
さらに「生存権を確かにしたい。政治は暮らしに冷淡。深刻化する格差。どうしたらいいか、生存権に魂を吹き込むには、他者の苦しみに共感する力が必要になる無関心のままでは異議を申し立ても力を発揮しない。共通を連帯へと育てたら国を動かす大きな力になるだろう。国民の側から取り組みを強めていきたい」(信濃毎日)と決意を込めて結んでいる。

【表現の自由の蓄積】(21条)
萎縮は人権、民主主義の危機
 「憲法記念日に考える。自由にものが言えますか」「息苦しさが忍び寄る」(新潟)は指摘した。この思いは「憲法21条の表現の自由、知る権利を心配することが続いた。〜社会を萎縮させるような動きが目立たないだろうか」(北日本、岐阜、宮日など)。「危うい『表現の自由』、事なかれに決別を、〜憲法21条言論や表現の自由は、私たちの知る権利を保障するもので民主主義社会の根幹をなすものだが、最近気がかりな出来事が目立つ」(毎日)。と問題を取り上げたのは14紙に及んだ。
ドキュメント「靖国」上映での国会議員の介入「事前検閲と表現の自由を侵害する違法行為」(琉球)と「国会議員の介入を機に右翼の妨害を恐れて萎縮した映画館の一時上映中止」(信濃毎日、朝日、毎日、)と多くが危惧した。
また「右翼のいやがらせへの懸念を理由に、裁判所の決定を無視してかたくなに日教組集会拒んだ東京のホテル」(朝日、毎日)にも言及した。
「旧憲法下では政府による検閲や言論弾圧が横行し戦争に反対できない風潮を生んだ。21条はその反省に立って盛り込まれた規定だ。戦後も表現の自由は安泰だったわけでない。権力の圧力はじめ直接的な暴力にもさらされてきた。一向に改善されないどころかむしろ陰湿化し根が深くなっているといえないか。『自粛』という名の規制がそれである」(新潟)。これらの動きの「特徴の一つは国民の側の自主規制の傾向だ。経緯はどうであれ、『表現の自由』の基盤を国民の手で崩した意味は重い。先行きが危ぶまれる。毅然とした姿勢が求められる」(信濃毎日)と注意を喚起した。
ビラ配布は、「〜組織、資力がなくても自分の見解を広く伝えることのできる手段。読みたくなければ捨てればいいだけ。これを『住居侵入、平穏を害した』ということで75日間の拘留と有罪判決にした自衛隊官舎での反戦ビラ配布事件、「これでは『表現の自由は絵に書いたモチ』」(東京)と糾弾した。
「取材記者に情報を提供した自衛官が防衛秘密漏えいの疑いで書類送検された」(山陰中央)「憲法では軍事専門の法廷(軍事法廷)は禁じられている。国防の義務規定、軍事機密の保護規定など法制度を日本は持っていない。自民党憲法草案は自衛軍創設をうたう。軍事機密には特別の保護の網がかぶせられる。国会には秘密公聴会が設けられる。自衛隊を軍にしてはならない」(信濃毎日)と指摘し、改憲のもたらすものにも警戒を促した。
 また「面倒に巻き込まれるのは誰だって嫌だ。自分の意見と違う相手を強く攻撃して自由に言いにくくする圧力に屈し続けると〜戦前・戦中のようになる。それがこわい。気づいたときには息苦しい空気が社会を覆って手遅れに。それは杞憂だと言えるかどうか。憲法記念日に考えたい」(東奥)とした。
「一人ひとりも不必要な自己規制にとらわれていないか。『かかわりたくない』と口をつぐむ。その膨大な積み重ねが『自主規制社会』を招いたのではないか。また得体の知れない圧迫感が社会を覆っている。〜『キモイ』『ウザイ』『殺ス』〜ネットの一部では自主規制の反動のように、内向きで陰湿な感情がむき出しである。憲法が国民に保障している自由や権利について『不断の努力』と常に『公共の福祉』のための責任を訴えている。生身の人間同士の気遣いや責任感がない。標的に中傷や悪口が殺到する。表現の自由は他人を傷付け足り、貶めたりすることまで保障するものではない。憲法というフイルターを通して見えるのは社会のゆがみやひずみである。表現の自由が揺らいでいるとしたら、自由そのものが危うくなっていることだ」(新潟)と自省と論議を呼びかけた。

【形を変えて改憲論】
民意は見ない参院否定
改憲派の読売、日経、産経の社説は、自民・公明与党の改憲策動の大きなつまずきと世論の変化の前に「議論を休止させてはならない」(読売)「憲法改正で二院制を抜本的に見直そう」(日経)「不法な暴力座視するな、海賊抑止の國際連携参加を」(産経)と論じた。改憲の旗振り役にしては、お粗末な焦りそのものだ。国民生活の現実と憲法を論じられない民意とかけ離れたものだった。
読売も日経もねじれ国会での参院のあり方を憲法改正とつなげてみせる。与党の過半数割れを作りだした民意を無視し、二院制の機能を否定し「役割分担を見なおせ」「衆院再可決の要件を3分の2から過半数に緩和する憲法改正を」(日経)と主張している。「憲法審査会を遅延させては国会議員としての職務放棄に等しい。二院制もこの中で論じる一つだ」(読売)と改憲派に檄を飛ばしている。
毎日は「ねじれ国会の非効率性だけを言うのは一方的。ねじれになる前の自民党は多数の横暴そのものだった。〜選挙で打開を図るのが基本だ。参院はミニ衆院という批判を払拭する必要がある。参院は戦後改革で生まれた。憲法の精神の体現といってよい。参院はその自覚にたって独自性の確立を急ぐべきである」と指摘した。西日本は「国民が選択したねじれ国会は政治に抑制と補完を求めた憲法の『二院制』条項に命を吹き込んだ。政治は効率だけで語れば民意は二の次に置かれかねない」と戒めた。
     ◇
新聞よ。憲法と共に生きている民意を忘れないでほしい。憲法の国民主権、平和主義、基本的人権をより豊かに全生活に生かすために、勇気をふるって国民と共に進めてほしい。そんな期待を強く感じる憲法記念日の各社説の読後感であった。