池田龍夫/元毎日新聞・ジャーナリスト/危険な「時代の空気」劣化する政治、表現の自由を侵害ー08/05/01


 

            危険な「時代の空気」
         ー劣化する政治、表現の自由を侵害ー

                  池田龍夫(ジャーナリスト・元毎日新聞)

 ベルリンの壁崩壊(1989年)によって、「資本主義か社会主義か」の対決構図は消滅し、「民主主義・自由・人権」が人類の目指すべき価値観とされてきた。しかし、理想と現実は大違いで、内外ともに権謀術数が渦巻く政治状況が嘆かわしい。福田康夫内閣発足から半年、右往左往するばかりで何も決められない「永田町・霞ヶ関の人材劣化と無責任」は目を覆うばかり。

 特に「道路特定財源・暫定税率」をめぐる政治的駆け引きは常軌を逸しており、「一寸先は真っ暗闇」の様相だ。  福田政権の失政については何回も指摘してきたが、@イージス艦衝突事故と防衛利権スキャンダルA「新テロ特措法」の強行可決B在日米軍思いやり予算と地位協定改定問題C道路特定財源の一般財源化D「年金記録三月までに解決”の公約違反」……等々、福田政権半年の混乱続発に国民は失望感を深め、4月のマスコミ各社の世論調査では「内閣支持率」が20%台の危険水域≠ノまで下落してしまった。

  英国の『エコノミスト誌』(2・23〜29号)は、「なぜ日本は失敗し続けるのか」と題して「『日本売り』の元凶は政治の貧困だ」と指摘する特集記事を掲載したが、表紙のキャッチフレーズに「JAPAN」と「PAIN」(痛み)を掛け合わせ、「JAPAIN」なる造語を掲げて皮肉っているという。まさに言い得て妙……。そこで本稿では、活力を失った「時代の空気」の恐ろしさにつき、具体例を幾つか拾って考察してみたい。

 

  民主的論議を無視し、強行採決の暴挙

 

 ふと目に留まった井上ひさし氏の言葉――「私たちはみんな雰囲気で、空気で生きている人間ですから、何か声がかかると一斉にそっちへ行くわけです。あの戦争を起こしたのは誰だっていうと、『空気』なんです。『バスに乗り遅れるな』とか、『行け行けどんどん』みたいな。

 だから戦争に敗れて、『平和、これから民主主義だ』っていうと、今度は民主主義が『空気』になってしまい、『あの時は、そういう空気だったからしようがない』となるわけ。

 これは日本だけじゃなくて、特に今のアメリカがそうだ。誰も彼もテロリストにして、そうするとテロリストという言葉だけですべてが動いていく……」(07・11、現代俳句協会創立60周年記念対談)との指摘を、危険な時代≠ヨの警鐘と受け止めたい。

 

  4月9日に行なわれた今年2回目の福田vs小沢の党首討論。前回より評価する向きもあるようだが、率直に言って合格点≠つけられない。「『きのう、きょうとおかゆばかり食べていた』と片方が漏らせば、片方は『かわいそうなくらい苦労している』と恨み言。結ばれなかったカップルが久々に顔を合わせ、愚痴を言い合った感もあった党首討論」との指摘(毎日4・10夕刊『近事片々』)どおりで、独りよがりの主張を述べ合っただけの印象だ。

  多数の力で少数意見を圧殺せず国民のための政治″\築に専念することが、民主政治の大原則。小泉純一郎・安倍晋三政権以降の強引な政治運営が現在の政治的劣化、社会不安をもたらした元凶なのに、福田政権の旧態依然たる政治手法ではこの難局を打開できそうにない。昨年夏の参院選以降の衆参ねじれ国会への認識(民意尊重)が欠如しているため混乱は増幅、国民不在の政治が罷り通っているからだ。

  二院制下でのねじれ現象≠ヘ、西欧諸国を見ても珍しくなく、民主主義が成熟していれば真剣な論議によって「最大多数の政策合意」を得られるはずだ。ところが、「参院野党」に転落した自民党政権に、議会政治への対応能力がないため、国会は目を覆いたくなる惨状になってしまった。

 

イラク特措法(時限立法)延長が参院で否決された結果昨年12月以降インド洋上給油は中断したが、対米追随の福田政権は「新特措法」を急きょ提出、臨時国会の会期を2回も延長、しかも憲法59条の「六十日ルール」(衆院の優越)を使って強行成立させて給油を2月中旬から再開させた暴挙が記憶に新しい。

「国際協力のため」と弁明するが、こんな乱暴な手段は議会政治を踏みにじる邪道だ。4月1日からガソリン税暫定税率廃止を余儀なくされたが、政府与党は「税制関連法案」を再議決してガソリン税復活を目論んで大騒ぎしている。これが、国民不在の政治の現実だ。

 

  先に逮捕された守屋武昌・前防衛次官の防衛利権疑惑はイージス艦衝突騒動の陰に隠され、行き詰まった年金記録問題に追い討ちをかけるように「後期高齢者医療制度」のトラブルが発生するなど、難題続出に喘ぐ姿を見て「もはや福田政権は末期症状=vとのマスコミ論評が多くなってきた現実に、多くの国民は不安を募らせている。

 

 映画「靖国」上映と右派勢力の妨害

 

  このような政治的混乱が、社会全体を無気力にさせ、暗いムードが色濃くなってきた。残酷な事件の多発はもとより、富裕層と貧困層の二極分解がますます進む一方、「言論の自由」を侵害する事件が最近際立ってきた。将来展望のない「時代の空気」が社会全体を暗くしているのだ。

  ドキュメンタリー映画「靖国 YASKUNI」上映中止騒動は、時代の空気≠にじませた事件。中国人の李纓(リイン)監督が、靖国神社での人間模様を十年間にわたって撮影、一般公開寸前になって上映中止の映画館が続出する騒ぎが起きた。

 「靖国神社の空気をできるだけ静かに、先入観なく感じ取ってもらえるよう、あえてナレーションはつけなかった」と李監督が説明する通り、政治的意図を持つ作品でなかったのに、靖国≠ノ過敏な一部右派勢力が妨害を仕組んだと推測される。

  「週刊新潮」(07・12・20号)が「反日映画<靖国>は『日本の助成金』750万円で作られた」というセンセーショナルな記事を掲載したことが引き金のようだ。文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」から助成金が出ているのは事実だが、同会の趣旨に基づいたもので横ヤリを入れるのは筋違い。

 ところが一部右翼団体が映画配給会社をターゲットに街宣活動やインターネット、電話で脅しをかけた。右翼の動き以上に問題なのは、自民党若手議連「伝統と創造の会」の稲田朋美会長(衆院議員)らの強権的行動だ。

 文化庁の不適切な¥武ャを追及したばかりでなく、配給会社に圧力をかけて特別緊急試写会(3・12夜)を開かせ、国会議員約40人が検閲≠ノ及んだ。試写会のあと、稲田議員の会とは別の自民党議連「平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手国会議員の会」(平和靖国議連)が合同で会合を開いて映画「靖国」を厳しく批判した経緯を知って愕然とさせられた。

 先の「従軍慰安婦・国際民衆法廷」放映をめぐって、自民党議連がNHKに圧力≠かけて一部映像をカットして放映させたケースと同様の政治介入と断ぜざるを得ない。

 日本新聞協会が4月3日表明した「表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない。表現活動が萎縮する社会にしてはならない」との警告談話に続いて民放連も同様コメントを発表、全国の大部分の新聞が「表現の自由を危惧する」論調を掲げている。

 今後、一般向け上映は一部映画館で実施されるだろうが、靖国神社側が配給会社に一部映像の削除を求めている策謀も伝えられており、十分な監視・対応が必要である。

 

 反戦ビラ配布に厳しい最高裁判決

 

  もう一つ、「表現の自由」が争点になったビラ配布をめぐる訴訟がかもし出す時代の空気≠ェ気になる。自衛隊イラク派遣反対のビラを自衛隊官舎(東京都立川市)に立ち入って配ったとして市民団体の3人が逮捕された事件。

 

 一審無罪・二審有罪判決のあと、最高裁第二小法廷は4月11日上告棄却の判決を言い渡した。ビラ配りを住居侵入罪に引っかけて逮捕、75日間も勾留するほどの重大犯罪とは思えないが、「住民の私生活の平穏を侵害した」と断罪、罰金20万〜10万円の判決が確定してしまった。

 

「今回の最高裁判決で、ビラ配りなどはますますやりにくくなり、様々な考えを伝える手だてが狭まっていくのではないか。これでは社会が縮こまってしまう。そうでなくとも、このところ言論や表現の自由をめぐって、息苦しさを覚えるようなことが相次いでいる。……だれもが自由に語り、自分の意見を自由に伝えることができてこそ、民主的な社会といえる」(朝日4・12社説)。

 

政治の劣化が社会不安を呼び、ひいては平和と自由を侵害する監視社会≠招きかねない。「時代の空気」に流されぬよう、健全な国づくりを願うばかりだ。(了)