池田龍夫/元毎日新聞・ジャーナリスト/恐るべき虚偽情報の連鎖イージス艦衝突と防衛組織の劣化/08/04/01


 

   恐るべき虚偽情報の連鎖       

 ーイージス艦衝突と防衛組織の劣化ー

池田龍夫(ジャーナリスト・元毎日新聞)

 「日がたつにつれ、防衛省のいい加減さが浮き彫りになるばかり。結局、何も表に出てこない。日本は高い金を出してアメリカからさまざまな中古兵器を買ってきた。この度のイージス艦は最新鋭の優秀艦ではなかったのか。ことある度、管理体制の不備がいわれ、だが何一つ変らぬ旧軍体質。結局は大本営発表の下地が残る。イージス艦事故によってまたもやあらわとなった組織の問題。このズサンさ。これは防衛省だけではない。各省すべてに言えることだ」――野坂昭如氏の指摘(毎日3・10朝刊)は、綱紀が厳正であるべき自衛隊が起こした暴走≠ノ対する国民の怒りをズバリ示したものだ。
 海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」が千葉県野島崎沖で、マグロはえ縄漁船「清徳丸」と衝突したのは、2月19日午前4時7分ごろ。漁船は真っ二つになり、漁船員二人が犠牲になったが、イージス艦の回避行動の遅れが第一原因とみられる。調べが進むにつれ、イージス艦の初動ミスはもとより、防衛省の指揮命令系統の不備、情報隠しなどの問題点が次々炙り出されて、石破茂・防衛相は苦境に立たされている。昨年秋逮捕された守屋武昌・前防衛事務次官の防衛利権汚職や機密情報流出事件も続発、横須賀では護衛艦「しらね」の失火による大事故まで発生しており、組織全体の構造的欠陥、規律の緩みが指摘されている。防衛省は26万人の自衛隊員を擁する最大官庁で、予算は年間約5兆円。防衛≠フ名の下に肥大化した防衛省に、尊大な驕りがなかったか。早く手綱を締め直さないと一大事だ。

  漁船群を尻目に自動操舵で突っ走る

 

 「イージス艦の乗員は、事前に漁船群の存在を認識しながら十分な警戒態勢を取らなかった。現場は船舶の多い海域なのに、自動操舵を続け、衝突1分前まで手動に切り替えなかった。衝突直前に、安全確認をしないまま、当直員26人が交代した――。自衛官として気の緩みでは済まされない人為ミスだ。仮にミスがあっても、適切にカバーできる態勢を整えておくことが、本来は必要である」(読売2・27社説)との指摘に共感した人は多かったに違いない。
 突然の衝突事故で大混乱だったにしても、防衛省に事故第一報を即座に打電しなかった失態には呆れ果てる。石破防衛相に一報が届いたのが事故1時半後の午前5時40分、福田首相へは2時間後だったことに愕然とさせられた。危機対応のスピードが最も大事な自衛隊の指揮・命令系統がこんな状況で国民の安全を守れるだろうか。漁船乗り組みの二人が行方不明のまま捜索を打ち切らざるを得なかった初動ミスの罪は大きい。海上保安庁の深海探査船の出動依頼も遅れるなど、全てが後手後手の自衛隊への信頼感は揺らぐばかりだ。
 このあと、情報操作と疑われるような実態が次々暴かれているのに驚く。イージス艦が清徳丸を発見した時刻について、防衛省は事故当日(2・19)の午前10時に「衝突2分前に漁船発見」の情報を入手、防衛相が午後5時に公表した。その後「実は2分前でなく、12分前だった」との訂正報告があったにもかかわらず、その公表が20日午後5時と丸一日も遅れたことは不可解だ。さらに驚くことに、防衛省は事故当日の正午ごろ「あたご」航海長をヘリコプターで防衛省に呼んで事情聴取した一件が明るみに出た。

  ヘリで航海長呼びつけ、事情聴取の怪

 

 「航海長の事情聴取をめぐる情報の混乱から、意図的と疑われる防衛省の行動が明らかになる。ヘリで移動させる際『ケガをした隊員に付き添わせる』という説明だったが、実際には搬送にタッチせず、別々のヘリで防衛省に向かったことが分かった。さらに航海長の事情聴取の発言内容について増田好平事務次官は27日夜の記者会見で、記録を取っていなかったと説明したが、28日になって同次官は一転して、記録はあったと説明した。……自衛艦と自衛艦以外の衝突事故は海上保安庁が捜査を行なうことになっている(1953年の犯罪捜査協定)。航海長の事情聴取は海保の事前了解も取っていなかった」(琉球新報3・1社説)と、防衛省の強引な捜査≠ノ疑問を投げかけている。防衛省として事実関係を究明する必要はあるが、事故当事者の同省が勝手に参考人聴取≠キるのは行き過ぎだ。救出活動に全力を挙げるべき事故直後、ヘリで責任者を呼びつけ、海保の事前了解も得ないまま防衛相ら幹部多数が部下を取り囲んで事情聴取を急いだ裏に、口裏合わせ≠フ作為を感じるのは、疑い過ぎだろうか。多くの新聞が、事情聴取のやり方に異を唱えていたが、産経2・28朝刊「防衛省対応は自然」と題する一面トップ記事に驚かされた。「航海長への聴取が問題となることは『普通の国』でないことに起因する。実はこちらの方が格段に深刻だ。海上事故に関して、自衛隊には裁判権が与えられておらず、とりわけ民間との事故では事実上、海保に捜査権を委ねることが慣例化しているからだ。だが、軍事法廷を廃止したベルギー軍や制度は法律上で担保されているものの、現実には軍事法廷が設置されていないドイツ軍など一部の国軍を除き、軍隊における捜査・裁判権の独立は国際的な常識だ。……憲法に軍事法廷など『特別裁判所』設置禁止条項がある限り、防衛省・自衛隊は将来にわたりこうした批判を受け続けるはずだ」との乱暴な理屈を見過ごすわけにはいかない。石破防衛相は当初、「乗員に接触していない」と国会答弁しておきながら、事実が露見するや、「自ら話を聞いたと言うべきだった。海保へ明確に連絡せず、不適切な聴取だった」と前言を撤回している。産経の独断的記事を深読みすれば、「憲法を改正して、この種の事件は司法警察に委ねず、軍事法廷を復活して裁け」ということ。今回の防衛省の越権的な事情聴取≠軽々に見過ごせない問題が潜んでいる。海保がイージス艦乗務員に電話での事情聴取を開始したのが事故当日(2・19)午後11時ごろ。防衛省が、海保に先んじて情報管理(秘匿)に走ったとも勘繰れるのである。

  ハイテク技術偏重で、人的判断力が鈍る

 

 問題点を探っていけばキリがないが、今回の衝突事故後の防衛省・自衛隊の対応のお粗末さは言語道断だ。「唯我独尊 世間知らず」と題し、不祥事続発の海自の体質にメスを入れた毎日3・2朝刊特集記事は秀逸だった。
 「自衛隊発足時、陸自は旧陸軍との断絶が意識された。一方、海自は旧海軍の組織や手法の多くを引き継いだ。海自は特に上下関係が厳しく、幹部と一般自衛官との間に『天と地ほどの違いがある』(幹部)という。海自の中でも艦艇の幹部は極端に仕事量が多い。幹部は文書作成に追われることから『紙上自衛隊』と自嘲する。……艦艇の省力化(定員削減)も忙しさに拍車をかけており、ある空自幹部は『海自の幹部のように余裕がなくなると、命令が徹底されなくなる。すでにモラルハザード(倫理欠如)の連鎖が始まっている。今のままの海自では有事は戦えない』と警告する。……大海原で訓練する海自は他界と遮断されるため密室性が生まれる。世間知らずの『唯我独尊』と言われてきたゆえんである」。
石破防衛相も「海自に構造的問題がある」と認めざるを得なかったが、この構造的腐敗を長年容認してきた政治責任は大きい。
 「あたご」は、5隻目のイージス艦として2007年3月に就航したばかり。建造費は約1400億円。ハイテク防衛装備を誇る最新鋭艦で、今年1月ハワイ沖での日米合同対空ミサイルSM2発射実験に参加、実験成功後に母国へ帰還する際の洋上事故だった。「最新鋭艦なのに何故こんな事故が…」の疑問に、朝日3・11朝刊企画「迷える文民統制」が答えているので紹介しておく。
 「『いや最新鋭艦だからこそ』と説明する海自幹部もいる。『ハイテク航法装置の導入で、本来は人間の能力に頼らなければならない操船が機械頼みになっている』。かつて手作業だった船の位置確認は、全地球観測システム(GPS)が取って代わり、複雑な海図作製も電子チャートで容易になった。加えて、事故時の当直士官は水雷長で、船上での生活の大半は艦内奥深くの戦闘指揮所(CIC)で指揮をとる。必然的に、艦橋に上がって航海につく経験が他の士官に比べて少ない。……なかでも艦艇部隊は、弾道ミサイル防衛やインド洋への派遣など新たな任務が増え続け、新しい装備・法令を学ぶことに追われている」。
 イージス艦事故を徹底検証し、自衛隊組織の大改革こそ急務だ。