池田龍夫/元毎日新聞・ジャーナリスト/「沖縄返還密約」への判断を示さず
西山・国賠訴訟控訴審 またも「除斥期間」タテに門前払い 08/03/11 ![]()
「沖縄返還密約」への判断を示さず
西山・国賠訴訟控訴審 またも「除斥期間」タテに門前払い
池田龍夫(ジャーナリスト・元毎日新聞)
沖縄返還交渉密約問題≠ノ端を発した「西山太吉・国家賠償訴訟」控訴審は2008年2月20日東京高裁で開かれ、大坪丘裁判長から判決が言い渡された。
判決主文「1、本件控訴を棄却する。2、控訴費用は控訴人の負担とする」
午後4時開廷、2分間の報道写真撮影のあと、わずか10秒足らずで閉廷。争点の「沖縄返還密約」への判断を一切示すことなく、一審(東京地裁)に続いて、木で鼻をくくったような門前払い#サ決だ。報道陣を含め50人余の傍聴人は一様に息を呑み、国家権力の厚い壁と司法の弱さに思いをめぐらすばかりだった。
米国の公文書公開や元外務省アメリカ局長・吉野文六証言などで、「密約」を裏づける新証拠が次々明らかになってきたのに、日本政府は終始「密約はなかった」と主張し続けるばかり。その強大な政治権力の下で、司法(一審と控訴審)は明確な判断を回避し、幕を引いてしまった。「法治国家とは…、司法の独立とは…」を問い続けなければならないテーマであり、西山氏が最高裁への上告を決意したのは当然である。
佐藤栄作政権が命運をかけた「沖縄返還協定」は1971年6月17日調印されたが、その中に「米国側が負担すべき軍用地復元補償費400万jを日本側が肩代わりする」との「密約」があったことを西山氏(当時、毎日新聞記者)が暴露したことが事件の発端。政府側は、西山氏が外務省職員を通じて「極秘電信文」を入手したとして「国家公務員法違反」で立件。西山氏は一審無罪判決のあと、二審、最高裁判決で逆転有罪となった事件である。
西山氏が2000年以降の新証拠に基づき、「違法な起訴や政府高官の密約否定発言で名誉を傷つけられた」として、国に3300万円の賠償を求めたのが、「西山・国家賠償訴訟」一連の経緯である。
「密約を交わし、履行した権力犯罪」
控訴審判決に当たって東京高裁が公表した「事実及び理由」を参照し、その一部を引用して今回の判決の問題点を探っていきたい。『控訴人の主張』に論点が要約されていると思われるので、忠実に紹介しておく。
「昭和44(1969)年11月の日米共同声明において、沖縄返還交渉の主要アイテムは全部合意に達しており、共同声明発表の1週間前には、柏木雄介大蔵省財務官とジューリック財務長官特別補佐官との間において5億2000万j弱の日本の支払は全部決まっていた。しかし、これを共同声明に盛り込むと総選挙を目の前にして困るとの佐藤政権の思惑から、絶対に隠してくれと米国に懇請して日米共同声明8項には嘘を書いてもらったものである。そして、後記の柏木・ジューリック秘密覚書に加算されたのが復元補償400万jとXОAの移転費1600万jの計2000万jであり、この総額の中味を国内で説明できるように、編成し直した上で、協定化する作業が、大蔵省から外務省に押し付けられ、昭和45(1970)年から46年前半にかけて行われたものである」。
「沖縄返還交渉で、佐藤政権は、数々の密約を交わし、その履行をした。これは権力犯罪であり、違法行為である。本件第1034号電信文案(注=西山氏入手の機密電文)は、上記違憲行為の証拠であり、本件刑事最高裁決定に従えば、法の保護に値しない。したがって、控訴人の行為は、構成要件該当性がなく、又は違法性が阻却され、無罪であるべきであった」。
「検察官は上記の事実を知っていたが、又は知るべきであったにもかかわらず、真実義務を果たさず控訴人を逮捕、起訴し、嘘の主張立証をなして、刑事高裁判決及び最高裁決定の誤判を招いた。すなわち、検察官は、柏木・ジューリック間で交わされた秘密覚書(沖縄返還協定に明記された対米支払額3億2000万jに含まれる民生用・共同使用資産買取費1億7500万j以外に基地移転費等の名目で2億jを米側に提供することや、社会保障費として3000万ドル、通貨交換に伴う最低6000万jの25年間無利子預金についての合意が明記されており、総額4億6500万jを米側が受け取ることについて記載がされている。)、吉野とスナイダー駐日米公使との会談の議事要旨が記載された秘密書簡(吉野が、沖縄返還協定4条3項では米側が『自主的に支払う』となっていた返還土地の原状回復補償費400万jを日本政府が『確保する』と明言し、外国政府から受け取った資金を国務長官の権限で支出できるという米信託基金法を使い、日本政府が拠出する仕組みとすることが記載されている。)及び5本の密約の存在とそれらの内容を知りながら、若しくは当然に知り得る立場にあったにもかかわらず、捜査せずに見て見ぬ振りをした」。
「検察官のみならず、総理大臣、外務大臣及び外務省高官等は、みな沖縄密約の存在を知っていた。しかし、検察官は、沖縄密約を『外務省機密漏洩』問題にすりかえることによって、控訴人を有罪確定に追い込んだのである
このように、機密漏洩イコール控訴人の犯罪と、沖縄密約イコール佐藤政権の犯罪とは、表裏一体の関係にあったのである。平成12(2000)年以降、この裏面(沖縄密約イコール佐藤政権の犯罪)に数々の証拠の発掘という光が当てられ、表面にあった国家機密なるものは、佐藤政権の権力犯罪を隠蔽するまやかしでしかなく、本件1034号電信文案が犯罪の証拠であることは明らかとなり、控訴人の冤罪性が明らかになったのである。『密約はない』とする小泉純一郎総理以下の発言は、控訴人が機密漏洩したということを言っていることと同じであって、控訴人に向けられたものなのである。密約にたどり着いたジャーナリストは控訴人のみであり、控訴人の功績である。これを国務大臣らは、密約はないと切り捨てたのであるから、控訴人の社会的評価を公然と否定したことになる。
平成18(2006)年2月24日、麻生外務大臣は、密約の存在を否定するとともに、河野洋平外務大臣が吉野への密約否定を要請した事実をも否定したことにより、真実義務に違反して、控訴人の名誉を毀損したものである」。
「刑事再審で争うべき事案」と高裁が言及…
この『控訴人の主張』は、公開された米公文書など発掘資料をもとに、「沖縄返還密約」の経過と問題点を指摘していると思われるが、東京高裁は控訴人が求めた吉野氏や河野元外相、当時の検察官らの書面尋問も行わず、「密約」の存在を審理の対象としなかった。そして、賠償請求権が消滅する民法の除斥期間(不法行為から20年)を適用して、損害賠償の訴えを退けたのである。除斥期間についても、控訴人側は「本件において控訴人の権利行使が事実上可能な状況になった時点は、沖縄返還協定発効後の昭和47(1972)年6月に作成された米公文書が発掘され、控訴人がTBSワシントン支局からその写しを入手できた平成14(2002)年6月というべきである」と主張しているが、見向きもされなかった。
高裁が門前払い≠オた根拠は「除斥期間」にあったが、その点を強調した「判決理由」末尾で、「仮に、控訴人が国家賠償請求の行使が平成14年ころまでにおよそ不可能であったとしても、本件訴えが提起されたのは、それから2年以上が経過した平成17(2005)年4月25日であるから、権利行使の不可能な状況が解消された後速やかに権利を行使したともいえないというべきである。なお、控訴人の主張に従えば、本件は、本来、刑事確定判決に対して再審請求をして争うべき事案でもあるということになる。そして、刑事確定判決に対する再審請求については、期間の制限はない。」と述べている。さらに高裁側は「控訴人は、朝日新聞の米公文書発見報道に対して、外務省職員と河野外務大臣は、平成12(2000)年5月24日ごろ、吉野に電話して『(報道の問い合わせに対して)密約はない≠ニ否定してほしい。』と懇願し、控訴人の名誉回復の機会を奪ったが、これは控訴人に対する不法行為を構成すると主張する。しかしながら、仮に河野外務大臣らが吉野にそのような要請をしたとしても、それは、外務省のОBである吉野に対し、上記のような政府の公式見解に沿って対応してほしいという働きかけをしたものに過ぎないことが明らかであり(この働きかけが控訴人のことを念頭においてなされたものであったとは考え難い。)これが控訴人の名誉回復の機会を奪うことを積極的に企図して、あるいはそういう結果が生ずることを故意になされたものであるとは認め難いのである。」と、牽強付会な論理を展開している。
要するに、本件控訴のいずれにも理由がないから「棄却する」ということだ。ただ、「民事裁判ではなく、刑事確定判決に対する再審請求で争うべき事案だ」と言及したのは、「刑事再審を提起したら…」という、被告人へのせめてもの気配り≠ネのだろうか。
三権分立――司法への信頼を落とす
控訴審判決後、記者会見に臨んだ西山太吉氏は「政府が密約はなかったとするのは、吉野氏の当初の証言だけの薄っぺらな根拠だ。今では、吉野氏が密約の存在を認めているのに…。組織をあげて違法秘密を守ろうとしている国が、(司法の場では)除斥期間を使って守ろうとした。密約の存否について、今の裁判所が判断を示せないだろうと思っていたが、案の定その通りだった。裁判の土台そのものが崩れている」と、厳しく批判した。
また、藤森克美弁護士は「司法への期待、信頼をまたも裏切る不当判決だ。密約の存否についての判断を避けては、違法行為の判断、除斥期間の適用の是非や、法的評価などできるはずもない。今回の高裁判決は、公正な判断と到底いえないので、西山さんの名誉回復のため最高裁に上告して闘いたい」と、コメントした。
「権力犯罪」の厚い壁とその罪深さを痛感するばかりだが、総じてメディアの取り上げ方に問題意識の欠如を感じた。「西山氏敗訴」を伝えた2・21朝刊を点検すると、社会面で相応の扱い(3段見出し)をしていたのは、朝日・毎日・東京の在京3紙と沖縄県2紙。社説で判決の意味を論じたのが朝日と沖縄2紙だった点に、権力を監視する言論機関の無気力を反映しているように思えてならない。
「確かに西山氏が訴えた部分に時効が付いてまわるのはわかる。しかし、国民が知りたいのは、西山氏の裁判を通して政府に『協定の偽造』がなかったかどうかである。つまり、国の調印の在り方に違法性はなかったかどうかということである。もしあるとしたら、一審、二審の判決は違法性に目を閉ざし、結果として政府の罪を黙認したことになる。言うまでもないが、二国間の問題であれ法的に関連があれば司法として法的立場から毅然と判定しなければならない。それが民主主義国家の三権分立の在り方であり、責任だろう。国民を欺いてきた事実が当事者の証言や公文書で明白なのに、司法がそれを無視するのは責任の回避と言わざるを得ず、司法への信頼を落とす」(沖縄タイムス2・21社説)との分析は、的を射ている。「司法は、行政の前にひざまずいている。そんな姿が、沖縄返還密約訴訟控訴審で浮き彫りになった。日本はもはや法治国家たり得ないのか。名ばかりの『三権分立』の前に、国民の権利と人権が危機にさらされている。……30年の時を超え、国民の知る権利と名誉回復、国家賠償を求める訴訟は、最高裁で争われる。引き続き司法判断を注視したい」(琉球新報2・22社説)という指摘も評価したい。
朝日2・23社説は「政府のウソはそのままか」と、沖縄2紙と同様厳しい筆致だったが、特に除斥期間につき「たしかに西山さんが控訴した時点で、起訴や刑事裁判での政府側の証言からすでに20年が過ぎていた。しかし、そうした公務員の行為に除斥期間を適用すべきなのだろうか。最高裁は昨年、自治体が在外被爆者に健康管理手当を支給しないのは違法と認定した。その際、『行政が国民の権利の行使を違法に妨げた場合には、時効を主張できない』との判断を示した。法令を守るべき公務員が不法行為をしたときは、時効や除斥期間で責任を逃れることはできないということだろう。この考え方でいけば、今回の裁判でも除斥期間を適用せず、密約がなかったのかどうかを正面から判断すべきだった」と、問題提起した点に注目した。
この「在外被爆者訴訟」の最高裁判決は2007年2月6日。時効を理由に健康管理手当支給を拒否されたブラジル在住の日本人被爆者3人が広島県に未受給分約290万円の支払いを求めた訴訟で、最高裁は県側の上告を棄却。「被爆者が訴訟提起などの権利を容易に行使できたような場合を除けば、行政による信義則に反して許されない」との初判断を示し、原告勝訴が確定した。同手当の受給権について厚生省は1974年通達で、海外に移住すると失権扱いにしていた。しかし、その後訴訟が相次ぎ、2003年に通達は廃止。ところが、広島県側が過去未払い分の給付を求める権利は5年で消滅時効が成立するとの地方自治法を盾に5年分しか払わず、時効の扱いで争っていた。明らかに違法な通達を出しながら「時効だから支払わない」と主張した行政の非情さに、司法がはっきりと「ノー」を突きつけた判決で、当日の夕刊各紙は1面トップで「時効認めず、救済拡大」と、大きく報じていた。
西山・国賠訴訟とは異なる事案ではあるが、朝日の指摘は今回の控訴審判決に疑念の一石を投じたものと言えよう。「除斥期間」を盾にして、控訴側の証人調べなどをすべて拒絶した東京高裁の姿勢には、釈然としない感慨を抱く国民は少なくあるまい。
刑事裁判一審で「無罪判決」を下した元裁判長の弁
控訴審判決につき考察してきたが、朝日2・19夕刊3版の一部に掲載された記事が興味深い内容だったので、紹介しておきたい。当日の夕刊作業時にイージス艦と漁船衝突事故発生のあおりで、収容スペースがなくなったのか、最終版に掲載されなかったが、西山・刑事裁判一審裁判長の貴重な証言≠ニの印象を受けた。
刑事裁判一審を担当した山本卓・元東京地裁裁判長(現在は高知市で弁護士)にインタビューして構成した記事で、「あす控訴審判決」の見出しで第二社会面に掲載されていた。
<自分が担当と知って、あぜんとしました。国家機密と報道の自由が問われる初のケース。前例がなかったですから』。――証人の外務官僚たちはかたくなだった。交渉経過について『証言には上司の許可が必要』と拒み、『覚えていない』とかわす。……1974年1月、701号法廷。山本さんは、西山さんを無罪としたうえで『(密約が成立したことを)日本国民の目から隠そうと日本側交渉担当者が考慮していたという合理的疑惑が存在』すると厳しく批判した。外務省アメリカ局長だった吉野文六氏は『密約はない』と証言していたが、『合理性を欠く部分が随所に存在する』と退けた。だが、無罪判決はその後、東京高裁で覆され、最高裁で確定。いずれも密約については、ほとんど触れられなかった。吉野氏が、実は密約は存在したと朝日新聞の取材に明かしたのは2006年。『国会でも法廷でも忘れたという以上、忘れなきゃいかん。意識的に記憶から消そうとしてきた』と述べた。
山本さんは信じられぬ思いだ。『まさか偽証とは。真実を語っていれば、その後の判決は違ったかもしれないのに』。密約を裏付ける米公文書も見つかり、かつて指摘した『合理的疑惑』は、いまや疑惑でなくなった。だが、一つだけ疑問が残っている。『なぜ政府はいまだに密約はないと言うのか。その理由は、誰にもわからん』。
無念の思いを込めて語った82歳の硬骨弁護士の言葉はズシリと重い。
米国並みの情報公開と政府の説明責任
「日本政府はなお密約を否定し、今回の判決で司法も密約の有無に触れなかった。一つ密約を認めれば、日米安保体制構築にまつわる他の多くの秘密交渉プロセスも連鎖的に露見し、信頼性が揺らぎかねない。それが、否定を続ける国側の事情だ。……吉野元局長は『密約は当時政府全体の方針だった。西山さんが真実と名誉のため裁判を闘う姿勢は尊敬するが、国が隠そうとする姿勢にも真理がある。日米以外にも、日ソも日韓も、外交交渉には表に出せないプロセスがたくさんあるからだ』と語る。だが、外交には世論の理解と支持も欠かせない。機密の名の下に国民の知る権利をどこまで制約され得るのか。日本の外交文書は30年経過後に公開を原則としているが、『判断は外務省ОBと現職幹部が秘密裏に行い、根拠はかなり恣意的なのが実態』(大使の1人)という。司法の場で賠償請求が棄却されても、政府が説明責任を免れるわけではない」と、毎日2・21朝刊が指摘していたが、米国などの情報公開に比べ、日本の情報公開が不十分なことが隠蔽体質を温存し、機密保持≠フ名の下に権力乱用につながっていくのだ。
沖縄返還密約裁判の経緯を検証してみて、40年前の日米交渉の不手際が尾を引いていることが分かる。なお未解決の沖縄基地問題が示すように、日米軍事同盟強化の行方は波高しだ。普天間基地移転、海兵隊のグアム移転などの裏にも不透明な駆け引きがつきまとっており、メディアの権力監視がますます重要な時代になってきた。 (2008・3・5記)