池田龍夫/ジャーナリスト・元毎日新聞記者/改憲、歴史認識に国際的非難―安倍首相の独断専行の危うさ 13/06/03

    改憲、歴史認識に国際的非難―安倍首相の独断専行の危うさ

                         池田龍夫 ( ジャーナリスト ・元毎日新聞)

 日本国憲法には、「わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に有することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」(中略)と明確に記載されている。

 近代の世界史が幾多の困難を克服して獲得した「国民主権」「立憲主義」「平和主義」」が近代憲法の本質である。憲法99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と記されているが、〝憲法の悪用、暴走〟を阻止する条文だ。主権者たる国民に、権力を監視する機能を付与したと考えられる。

   「96条」…ケーディス大佐の英断
  毎日新聞5月3日付コラム「余録」が注目すべき問題点を指摘し、警告を発していた。
  敗戦後、日本国の憲法草案づくりの責任者が、ケーディス大佐だったことは知られているが、当時の緊迫した様子を描いた要旨を参考のために供したい。
  「最初の草案に、『10年間の改憲禁止条項と、改正には国会の4分の3の承認を要する』という厳しい条項があった。これに対して責任者ケーディス大佐は『後世の国民の自由意志を奪ってはならない』と主張。激論の末『国会の3分の2の賛成条項を確定した」というエピソードである。3分の2条項は、米国憲法とも同じである。〝改憲に縛り〟をかけているが、これこそ憲法典の優位性を示した証拠である。平たく言えば、「多数決で簡単に改正してはならない」という、憲法の根幹を示した条項である。
  次いで「余録」は、「さて時は流れ、67年後の中で憲法記念日を迎え、安倍首相は今、憲法改正発議条項96条(3分の2の賛成)を過半数とすることに熱意を燃やしている。7月の参院選挙を勝ち抜くための策略だ。現在、自民党に同調姿勢を見せているのは,日本維新の会とみんなの党で、3党の得票が『過半数を超す』との戦略と推察できる」(一部補足)と警告している。
  しかし「改憲を政治の争点にするのなら、先ず具体的改正点を国民に訴え、もし必要ならば手続きの変更を提起するのが筋ではないか」とも指摘している。まさにその通りで、国民の多くが「右旋回」の政治状況を危惧している。

   近代歴史が築いた「国民主権」
  朝日新聞5月5日付社説は改憲の危うさを次のように指摘していた。
憲法には決して変えてはならないことがある。近代の歴史が築いた国民主権や基本的人権の尊重、平和主義などがそうだ。改憲を主張している安倍首相は、まずは96条の改正手続きを改め、個々の条項を変えやすくする。それを、夏の参院選の争点にするという。
そもそも憲法とは何か。憲法学のイロハで言えば、権力に勝手なことをさせないよう縛りをかける最高法規だ。『立憲主義』こそ、近代憲法の本質である。立憲主義は、国王から市民が権利を勝ちとってきた近代の西欧社会が築いた原理だ。これを守るため、各国はさまざまなやり方で憲法改正に高いハードルを設けている。米国では、両院の3分の2以上の賛成と4分の3以上の州議会の承認がいる。デンマークでは国会の過半数だが、総選挙をはさんで2度の議決と国民投票がある。
日本と同様、敗戦後に新憲法をつくったドイツは、59回の改正を重ねた(3分の2条項)。一方で、触れてはならないと憲法に明記されている条文がある。『人間の尊厳の不可侵』や『すべての国家権力は国民に由来する』などの原則だ。ナチスが独裁権力を握り、侵略やユダヤ人虐殺につながったことへの反省からだ。

   『集団的自衛権』行使の思惑
  毎日新聞5月5日付社説も、次のような問題点を挙げて、改憲への危惧を指摘している。
  「自民党は昨年4月、憲法改正草案を発表したが、草案は国民軍を設置して、海外での武力行使を認め、集団的自衛権行使に関する憲法上の制約を取り払う内容になっている。自衛隊の海外での武力行使は、9条によって禁じられているというのが政府の解釈である。そのような抑制された組織として、自衛隊は国連平和活動(pkО)に積極的に参加し、数々の任務を成功させ、高い国際的評価を得てきた。それを今、変える必要はない。また、自民党の草案では、現在9条2項を削除し、『自衛権の発動』を盛り込んだ。『Q&A』は、この自衛権には集団的自衛権も含まれるとし、この結果、政府が9条によって認められないとしている『集団的自衛権の行使』が可能になると説明する。安全保障をめぐる議論は大いに歓迎する。しかし、今、9条を改正する必要はない」という結論だ。

  「非常識な発言」と、各国も批判
  第2次大戦中の日本の行為が「侵略」なのかをめぐって、安倍首相の常識はずれの『歴史認識』が物議を醸している。
  4月23日の参院予算委員会での非常識な発言に国内外から批判が高まっている。同予算委で首相は「『植民地支配と侵略』について反省とお詫びを表明した戦後50年の『村山富市談話』に関し、侵略の定義は、学界的にも国際的にも定まっていない」と答えた。しかし5月8日の同予算委では、「我が国がかつて多くの国々、とりわけアジアの人々に多大な損害と苦痛を与えたという認識において、過去の内閣と同じ認識を持っている」と付け加えた。世論の批判を封じるための発言と思える。それは、前段で「侵略の定義は様々な議論がある。政治家として立ち入ることはしない」と、最初の発言と同じ趣旨のことを繰り返し述べているからだ。
  歴史認識に関する暴言に対する懸念は中国、韓国だけでなく、米国や西欧各国からも、非難が広がってきた。

   前向きな「未来志向」を
  朝日新聞が5月9日付夕刊で「米議会調査局が5月1日に公表した日米関係に関する報告書の中で安倍首相の歴史認識について、『侵略の歴史を否定する修正主義者的見方を持っている』などと表記。地域の安定を混乱させ、米国の国益を傷つける恐れがあるとの懸念を生じさせている。また、安倍内閣の一部の閣僚は極端に国家主義的な見方を持っており、閣僚の選択は安倍氏の考えを反映しているようだ」と報じている。
  毎日新聞4月29日付朝刊も対外問題につき米国務省日本部長を2回務めるなど『知日派』で知られるジョンズ・ホプキンス大学のラスト・デミング非常勤教授の毎日新聞のインタビューを掲載している。
  「デミング氏は、安倍首相の歴史認識をめぐる発言について『米国を含むアジアの国々の関心は前向きな未来の協力関係を築くことで、歴史に焦点をあてることはできない』と指摘し、不必要に緊張を高めないよう求めたい。1995年の『村山談話』は、日本と韓国、中国を含むアジアの国々との和解に向けた重要な一歩だった。現在や将来の関係悪化につながるような歴史認識問題を不必要に増加させないかどうかに注意深くなる必要がある」と警告している。

 日本弁護士連合会は3月14日、96条改正に反対し次のような声明を出している。
  「慎重な議論が尽くされないまま簡単に憲法が改正されるとすれば、基本的人権の保障が形骸化される恐れがある。……現在の選挙制度の下では、たとえある政党が過半数を得たとしても,小選挙区の弊害によって大量の死票が発生する。その得票率は5割に到底及ばない場合があり得る。現に昨年12月16日の総選挙では、多数の政党が乱立して票が分散したため、自民党は、約6割の294議席を占めたが、有権者全体から見た得票率は3割にも満たないものだった。従って、議員の過半数の賛成で憲法改正が発議できるとすれば、国民の多数の支持を得ていない憲法改正が発議される恐れが強い」――傾聴に値する具体的な分析である。

 在京6紙の「歴史問題」報道を調べたが、朝日、毎日、東京3紙は「安倍暴言」を強く批判。読売、産経2紙が擁護的姿勢、日経は中道と思える内容だった。
                  (〔メデイア展望〕2013年6月号)プレスウォッチングより転載