藤田博司 (元共同通信論説副委員長 ・ ワシントン支局長、 元上智大学教授)海外メディアの震災報道11/05/04

 

海外メディアの震災報道

 

藤田博司

(元共同通信論説副委員長 ・ ワシントン支局長 ・ 元上智大学教授)

 

  東日本大震災のあと、 海外の友人、 知人から見舞いの電話やメールをもらった人は少なくないだろう。 なかには 「日本脱出」 を真剣に勧める声もあったらしい。 現に、 東京在住の外国人の中には家族を帰国させたり、 本人は大阪や京都に避難したりしたケースもあったと聞いた。

 

  一方、 日本人で東京から海外や西日本に 「脱出」 した人の話は、 少なくとも筆者の身の回りでは耳にしていない。 この違いはおそらく、 海外メディアの報道と日本のメディアの報道の違いによるところが大きいようだ。 両者の落差はどれほどのものだったのか、 落差の原因がどこにあったのか、 入手できる範囲の材料を基に考えてみた。

 

放射能危機で東京脱出

 

  マグニチュード9 ・ 0、 死者 ・ 行方不明合わせて27,000人以上という巨大地震と大津波が、 海外でも最大級のニュースとして扱われたことは言うまでもない。 が、 この地震と津波が引き起こした福島第一原発の事故は、 その後日を追って、 震災の被害以上に海外メディアの注目を浴びた。 1号機 (3月12日)、 3号機 (同14日) が相次いで水素爆発を起こしたあと、 2号機も15日には 「炉心溶融」 と伝えられ、 事態は日増しに悪化した。 フランス、 中国政府などが在留自国民に帰国を勧告するなどの措置をとったことも、 在留外国人の危機感をあおったことは否めない。

 

  英大衆紙 『サン』 は 「今すぐ東京から避難を」 と一面見出しに掲げ 「放射能漏れにパニック/数千人が脱出」 と報じた。 米の大衆紙 『ニューヨーク ・ デイリーニュース』 は第一面の半分近くを割いて 「パニック!」 と大見出しを掲げ、 防毒マスクをつけた男性の写真をあしらっていた (ともに16日)。 米テレビCNNは 「18日にも米に放射能到達か」 と伝えていた (17日)。 英紙 『デイリー ・ メール』 は停電で暗くなった東京を 「ゴーストタウン」 と呼び (17日)、 英紙 『テレグラフ』 は 「チェルノブイリまでに残された時間は48時間」 と報じた (16日)。 停電で公共交通機関が混乱をきたした東京が 「ほとんど機能せず」 と伝えたのは、 豪紙 『シドニー ・ モーニング ・ ヘラルド』 だった (18日)。

 

  中には明らかに虚報、 誤報と見なされる類もあった。 伊紙 『ラプブリカ』 は 「原子雲を避けて400万人が首都を脱出したとされる」 と伝えた (20日)。 また米テレビ、 フォックス ・ ニュースは、 東京 ・ 渋谷にある 「エッグマン」 という名の原発が 「次の大地震ないし富士山の爆発があれば、 原子炉溶融を起こすと当局者が警告した」 と、 ご丁寧に地図までつけて報じた (14日)。

 

パニックを起こしたのは?

 

  渋谷のライブハウスを原発と誤認するような間違いがなぜ生じたのか、 いきさつはわからない。 が、 「東京脱出」 や 「ゴーストタウン」 を見出しにした記事の中身は、 それほど事実を大きく曲げて伝えていたわけではない。 ただ 「脱出」 した人たちの多くが在留外国人であることや、 「マスク姿の日本人」 が別に放射能を恐れてのことでないことなどには、 それらの記事は触れていない。 海外の読者、 視聴者がこれらのニュースを見聞きすれば、 日本人の間にもパニックが起きていることを十分想像させるだけの衝撃力を、 これらの見出しは持っている。

 

  こうした報道が散見された理由の一つは、 今回の震災報道のために急ごしらえで日本に送り込まれた記者が少なくなかったことが考えられる。 現地の事情に十分な予備知識もなく東京に降り立った記者は、 この時期に日本人の多くがマスクを着用している理由を理解していなくても不思議はない。 計画停電で混乱した当初の交通機関の混乱を 「首都機能のマヒ」 と思い込むのもやむをえない。 しかし、 実態はかれら 「にわか東京特派員」 の報じたものとは明らかに異なっていた。

 

  状況の判断を間違えたのは 「にわか特派員」 ばかりではなかった。 東京常駐特派員のなかにも放射能汚染を恐れて東京を脱出したものが少なくなかった。 いくつかの海外メディアの常駐記者は震災後のある時期、 原発事故や震災被害の記事を東京発ではなく大阪発で書いていた。 一千万人を超える首都圏の日本人がじたばたすることもなく事態を見守っているときに、 早々と東京を脱出した海外メディアの記者やビジネスマンたちこそパニックに陥っていたのではないかと思われるのだ。

 

情報隠しに疑いの目

 

  もちろん、 海外メディアの震災報道がこうしたセンセーショナルな報道ばかりであったわけではない。 東北の被災地に足を運び、 救援活動や避難所の人々の様子を詳しく伝えたものも少なくない。 『ニューヨーク ・ タイムズ』 に掲載された幾つかの現地ルポは、 日本の新聞の報道にも劣らず、 被災地の状況を克明、 的確に報じていた。

 

  また原発事故をめぐって、 ある段階では日本の新聞より先に、 事故の原因や東京電力の責任に関わる情報を伝えていた。 たとえば、 『ニューヨーク ・ タイムズ』 (3月22日) は、 事故を起こした1号機について、 今回の地震の1カ月余前に10年間運転延長の認可が下りた際、 認可の審査にあたって補助電源のディーゼル発電機にひびがあることや冷却系のポンプに問題があることを指摘され、 東電側も機器の検査を怠っていたことを認めていたと、 報じていた。 同様の趣旨のニュースは英紙 『ガーディアン』 (23日) も伝えていた。

 

  これら一連の海外メディアによる原発報道のなかでほとんどのメディアが共通して指摘していたのは、 事故に関する情報の不足と、 日本政府および東京電力による情報隠しの疑いだった。 中には日本のメディアが政府や東電の公式説明をおとなしく聞いていることに疑問を投げかけた報道もあった。 こうした政府や東電に対する海外メディアの不信感が、 海外に向けて発信したかれらのニュースのなかに必要以上にセンセーショナルな要素を忍び込ませる要因となったことも考えられる。

 

  原発事故に対する政府や東電の対応は次々と後手に回り、 結果的には日本のメディアより当初、 過敏に反応したかに見えた海外メディアの懸念が現実のものになった印象さえある。 日本のメディアの報道は国民にパニックを引き起こすことはしなかったものの、 原発事故で避難を余儀なくされた人々のために十分な情報を提供したのかどうか、 その仕事を問い直されることになるかもしれない。

 

日本人の美徳を称賛

 

  日本政府や東電の対応に対する批判的な報道とは対照的に、 海外メディアに共通していたもう一つの特徴は、 未曾有の大震災で壊滅的な被害をこうむりながら、 事態に冷静に対応している被災者の姿への称賛だった。 「一件の略奪も報告されていない」 「配給の行列を乱す者もいない」 「避難所で不満を言い立てる者もいない」 ―日本人の規律のよさ、 禁欲的姿勢、 我慢強さなどに対する驚きと感嘆の言葉が、 記者の現地ルポのなかに盛り込まれている。

 

  日本人の美徳に対するこうした手放しの称賛は、 表面的な観察に基づく固定的な見方ではないかとの疑問もなくはない。 しかし滞日経験5年の 『ニューヨーク ・ タイムズ』 のコラムニスト、 ニコラス ・ クリストフ記者は、 かつて関東大震災では朝鮮人虐殺事件を引き起こした暗い過去がある事実を指摘しながらも、 日本人の 「礼儀正しさ、 無私無欲」 を高く評価し、 米国も 「日本から学ぶべきことがある」 と書いている (3月19日)。 称賛が一面的な印象だけではないこともわかる。

 

  原発事故は依然として収束の確かな見通しが立っていない。 大震災の被災地の復興は気の遠くなるような大事業になる。 日本が海外メディアの評価にかなうような規律と我慢強さで立ち直れるかどうか、 国を挙げての努力はまだこれから始まろうとしているところだ。

(注  資料の一部は次のサイトによったhttp://jpquake.wikispaces.com) 。

 

「 『メディア展望』 2011年5月1日 第592号 「メディア談話室」 から転載」