桂敬一/メディアウオッチ(8)/メディアよ、鋭敏に気付き、議論を起こしてくれ!/ 06/07/01

 


 メディアよ、鋭敏に気付き、議論を起こしてくれ!
  ―新たなNHK問題の記者会見で考えたこと

                                 桂 敬一

6月29日、私も呼びかけ人の一人となって、一つの記者会見を開いた。
 先立つ15日、閉会間近の国会、参院総務委員会は、NHKの05年度決算審議(報告了承事項)を行っていた。その質疑のなかで柏村武昭委員(広島選出議員)が、東京都教育委員会による日の丸・君が代問題を理由とした教員処分を題材に取り上げた「クローズアップ現代」(昨年3月25日放送)を槍玉に挙げ、NHKの番組編集は偏向していると、さまざまな言いがかりをつけ、非難を加えた。彼のこの言動は、NHKに影響を及ぼしうる彼の制度的な職務上の立場や、事後ではあれ、個別の番組に特定の政治的立場を表明しながら介入を試みたととれる発言内容から、憲法第21条(表現の自由擁護・検閲の禁止)、放送法第1条(放送の不偏不党・真実と自律の保障・放送による表現の自由の確保)、同第3条(放送番組編集の自由)に違反する、と考えられた。また、憲法第99条が国会議員に課している「憲法尊重擁護の義務」にも背いている。

◆柏村発言をメディアはどう受け止めたか
 

柏村議員の発言は、昨年1月、朝日の報道によって、NHKが従軍慰安婦問題を取り上げた番組を自民党の安部晋三・中川昭一両議員らの介入に屈し、改変した事実が発覚して以来、これに抗議し、NHKに反省を求めるため市民が結成、活動を続けてきている「NHK受信料支払い停止運動の会」(共同代表=醍醐聰・東大大学院教授)の会員たちが気付いたものだ。醍醐教授ほか会員たちは、この発言は問題であるととらえ、これを広く一般にも明らかにし、あわせて柏村議員ほか関係各方面にも是正の方策をとるよう求めていく必要がある、と考え、それらの行動予定もふくめ、記者会見を行うことにした。
 以上の行動は、同会が日ごろ連携する多くの団体に賛同を求めて実現することにしたため、柏村議員への抗議申し入れは、各方面93名の共同呼びかけ人が名を連ねるものとなった。また、これにさらに、全国から996名の賛同者が署名を寄せ、多数の意見も送られてきた。記者会見は、共同呼びかけ人12名が発言者として出席、開催されるものとなった。
 ところで、集まったメディアは、朝日、毎日、読売、東京新聞、中国新聞(広島)、共同通信、しんぶん赤旗の7社。問題発言後2週間も経っており、世間があっと驚くような大事件でもない割には、よく集まってくれたと思うが、テレビがこないこと、とくにNHKがきていないのには、なぜなんだ、と思った。ラジオ・テレビ放送記者クラブ加盟の各社には案内がいっていたのだ。

 

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 また、会見にきた記者から、「国会議員は、NHKに対してその程度の質問をすることも、許されないのだろうか。それではNHKを甘やかすことになりはしないか」、「自民党の議員がそれぐらいのことをNHKにいうのは、いまさら驚くことではないように思える。それほど重大な問題なのだろうか」、「あとから番組に攻撃を加えたことが、事後検閲に当たるといえるのだろうか」などの質問が出てきたのにも、正直いって、少なからず驚かされた。確かに、政治家の発言がどうあれ、NHKがそんなことに影響されず、毅然として自主性を貫きさえすればいいことだ、とはいえる。質問した記者たちは、柏村発言の酷さを十分にわかってくれていた。そのうえで念を押す質問をしたのだ。しかし私としては、もうそういっていられる事態ではなくなっているのではないか、という思いが、かえって募った。
 そもそも、この柏村発言があったことを、新聞、テレビ、雑誌など大きいメディアは、報じた気配がない。私はこの発言は、醍醐教授からのメーリング・リストのメールで、はじめて教わったのだ。大メディアの記者はまったく気が付かなかったか、気付いても大したことではないと、見過ごしにしたようなのだ。

◆公共放送・NHKに国家への従属を求める主張
 

柏村議員は、(1)トリノ・オリンピックで荒川静香選手が金メダルを取ったとき、感激の余りに日章旗を体に巻き付けてリンクの中をウィニングランしたが、NHKはこれを放送しなかった、(2)3年前、日本ダービーの開会式で有名なソプラノ歌手が君が代を独唱しているとき、NHKは背景映像として日の丸を映さず、馬の尻を映していた、(3)このことを当時の総務委員会(NHK決算審議)で質問、改善するよう要請したが、翌年のダービー開会式ではNHKは、君が代斉唱場面を外した放送をした、などと指摘したあと、問題の番組、「クローズアップ現代」に触れて、以下のような発言を行っている。
 「公務員である教員が法規としての性質を有する学習指導要領に従わないという根本的な問題点は全く指摘せず、賛成している大多数の教員の声も全く伝えない。そうでしょう。これはやっぱり国歌・国旗に対して偏見を持たせるような番組づくりをしていると指摘されても仕方がないんじゃありませんか。」
 「会長、副会長、放送法第三条の二を御存じですね。あえて言いましょう。『政治的に公平であること。』、『報道は事実を曲げないですること。』、『意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。』と書かれているんですね。これに抵触するじゃないんですか。」
 これに対して永井副会長は正当に、「対立する意見については双方の意見をお出しするということで、公共放送として間違った放送をしているとは考えておりません」と番組の具体的な内容に即した、原則的な回答を行い、言いがかりを跳ね返した。しかし、柏村議員の番組に対する偏向攻撃の本音は、NHKを日の丸・君が代に縛り付けるところにあり、さらにつぎのような発言が付け加えられた。
 「国旗・国歌はもう法律までなっているわけですからね。法律までなってて、国の誇りですよ、旗も歌も。そうすると、やっぱりそれを助長するような責務があるんじゃないんでしょうかね、NHKは、公共放送としてはですよ。」
 「NHKを見た人はみんな、あっ、これはNHKが言っているから中立公平なんだと思うわけですよ。中立公平を標榜しながらマインドコントロールするというのは一番ひきょうなやり方である、そう思います。」
 「最後に橋本会長の国旗・国歌に対する明確な御見解、私の今までの不安を払拭するような見解を聞いて、終わりたいと思います。どうぞ。」
 橋本会長は「国旗・国歌、これは日本を表すもの、代表するものとしてNHKとして現在使用してございますけれども、今後も日本の代表ということで適切に対処してまいりたいと思います」と回答している。

◆もう危ないのか、まだ大したことないのか
 

知人の漫画家、石坂啓さんはこの春、お子さんの学校の卒業式だか入学式だかに、ハラハラドキドキしながら出かけられたそうだ。君が代斉唱の時、自分も立って歌ったものかどうかという問題もあったが、昨年まで、あれだけ不起立で先生たちが処分されていたのだから、今年は先生たち、どうするのだろうかと、気が気でなかったからだ。しかし、何事も起こらなかったので、拍子抜けしたというのだ。なにしろ、式場の先生たちの場所には、椅子そのものがなかった―立つも立たないもない、先生たち、式の初めから終わりまで、立ちっぱなしだったのだそうだ。校長も教頭も、よくよく考えてのことだろう。これは笑い話だろうか。私にはぞっとするほど恐ろしい話に聞こえる。遂にここまできたか、と思わないわけにはいかない。
 人間、こうやって何事にもすぐに馴れていけるものなのだ。柏村議員のような滅茶苦茶な奴が、でたらめな質問でNHKを脅かし、NHKも表面上ヘイコラしているような話程度じゃ、ニュースにならない。そんなことはもうありふれたものだからだ。しかし、それにみんなが馴れて当たり前になったら、そうした現実の危なさに気付き、これはいかんと、いざ押し返そうと思っても、もう間に合いはしない。当たり前の現実はすでに大きな潮流となっており、その大波に、みんな呑み込まれ、流されてしまうのが落ちだ。
 メディアの役割はなんだろうか。おかしな危ない波が立ったら、それが小さくても、いち早く気付いて市民に警告を発し、危険が克服できるものなら、その原因を探ってそれを排除、問題の解決に力を尽くすことではないか。そのようなメディアの鋭敏さがだんだん鈍っているのではないか―鈍くなっていることにも気付けなくなっているのではないか、という気がしてならない。
(終わり)