桂敬一/メディアウオッチ(6)/「客観報道」の裏に隠されるものこそ問題だ 06/04/29


「客観報道」の裏に隠されるものこそ問題だ

桂敬一

 4月26日水曜日の朝、時計代わりにNHKの朝の連続ドラマ、「純情きらり」をみるともなくみていたら、画面上部に「NHKニュース速報」の文字が現れた。前日までの新聞やテレビが、捜査当局はいよいよ、耐震強度偽装事件関係者の一斉逮捕へと動く可能性がある、と報じていたので、それが始まったんだなと思ってみていたら、案の定そのとおりの文字ニュースが流れた。ところが、ドラマが終わって、8時半からの定時枠で本番のニュースをみたら、当局側の動きの仰々しいこと、それを伝えるNHKの扱いの大げさなこと、並大抵のものではないので、びっくりした。

 

◆これがそれほどの大ニュースなのか

 朝8時半のニュースは、いつもは5分間だけ。そのあとは主婦向けの番組、55分の「生活ほっとモーニング」。ところが、ニュースのアナウンサーはのっけから、耐震強度偽装事件ニュースのため、「生活ほっとモーニング」は中止します、と告げたのだ。そして、まず熊本・八代市の木村建設前から、つづいて東京・新宿にある民間検査機関、イーホームズ社前から、さらに姉歯秀次元建築士が搬送され、逮捕される予定の東京・築地署前から、つぎつぎに現地レポートがアナウンサーから送られてきたのだ。合間には、昨年秋、事件が発覚、強制捜査が開始されたのに伴い、姉歯元建築士が取材陣に追っかけ回されたり、関係者が国会に証人喚問されたりしたときの光景が、資料映像で挿入される。そして、おまけに警視庁内の記者クラブ室にあるNHKコ−ナーから、記者が警視庁としての捜査方針について、ルポを伝えてきたものだ。

 これだけでは終わらない。政府の監督機関・国土交通省首脳の会見シーン、被害住民の声、これから捜査の手が及ぶであろうマンション販売のヒューザー・小嶋社長、ホテル開業指導の総合経営研究所・内河所長の姿や声も画面に映し出し、事件を回顧し、事件の今後の行方を展望する。それから、築地署の前にすでに群がって姉歯元建築士の到着を待つ、ものものしい報道陣の大軍も映し出す。また、被害にあったマンション購入者にもインタビュー、事件解決への期待を語らせていた。

 もちろん、フジテレビ「とくダネ!」、テレビ朝日「スーパーモーニング」も同じ話題を追っかけていた。TBSは、オウムに未放映テープをみせた不祥事事件以後、朝は報道ネタの情報番組を止め、この時間帯は「はなまるマーケット」という主婦向け番組になっていたが、この日はこの話題を挿入していた。

 

 私には、この事件のこの段階における捜査当局の、この程度の動きが、これほどの大ニュースとされるわけがわからないのだ。私のニュース感覚が間違っているんだろうか。

 

 

◆グアム移転費のほうこそ大ニュース

 私としては、前日25日には、沖縄駐留アメリカ海兵隊のグアム移転経費の日本負担額問題が、与野党間で本格的に論議される気配をみせだしていたので、その展開がよほど気になっていた。また、小泉首相が、教育基本法「改正」案の今国会での決着指示とも取れる発言を行っていたので、その動きのフォローも、ニュースとして気になるものだった。これらのニュースと比べたら、耐震強偽装事件は、もう疑惑の解明も、民間の事件関係者の範囲の確定も、あらかたすんでいるのだから、あとは粛々と取られるべき司法手続きが取られればいいだけであり、それがなされれば、報道も淡々とその事実を報じればいい、と思っていた。ところが、私の気にしていたニュースは、続報もなければ、メディアが問題点を指摘したり、意見を述べたりするような、大きな議論も起こさなかったのだ。代わりに出てきたのが、「アネハ」だったのだ。いったいこれはなんだ。

 あえていえば、これは、国民が本当に知りたい、あるいは知らねばならない、と思っていることから目を逸らすために国家権力が仕組んだ情報操作に、メディアが協力したということなのではないか。意図はどうあれ、客観的にはそういう効果をもったメディア・イベントの実施に協力したということなのではないか。

 

◆もう「指定公共機関」になってしまったのか

 額賀防衛庁長官がラムズフェルド国防長官と話を付けたとされる、日本側負担7000億円だけでも凄まじい話だ。ところが、26日午後になると、米国防総省のローレス副次官が「米軍再編の日本負担総額は、2012年までみると、3兆円を超す可能性がある」と国内向け記者会見で語ったニュースが飛び込んできた。しかも、このローレス氏、自分の胸に青いリボンを付け、拉致問題を訴えに渡米した横田めぐみさんの母親、横田早起江さんなど拉致被害者家族を、国防総省に迎える役割を果たし、横田さんたちがブッシュ大統領と会見する労を執った人物なのだ。日本の報道は当然、横田さんたちのホワイトハウス訪問を大きく扱う。

アメリカ側に拉致問題解決のために協力してくれる善意はあるのだろうとは思う。

しかし、その善意がもう一方で、自国の軍事戦略転換に要する費用のうち、3兆円という法外なカネを日本に負担させるのは当然だとするものの考え方に、なんの抵抗もなく結びつくというのも、頷けない。日本のメディアはその辺りをどう整理して、読者・視聴者によくわかるように伝えられるのか。耐震強度偽装事件だって、よく考えれば、98年に規制緩和・民間開放政策で建築基準法を改悪、人の命にかかわる住宅の設計・工程検査など建築確認決定関連の業務を民間に委ね、行政機関の監督責任を解除、その不作為を免責してしまった国のやり方に一番大きな原因がある、というべきなのだ。薬害エイズ事件で国の責任が問われ、最終的には国家賠償がなされたのと同じような解決こそ、本来はこの事件でも必要なものなのだ。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/north_korea_kidnap/

ところが、4月26日、国家権力は、偽装事件のただの小悪党を予定

どおりとっつかまえただけなのに、大げさなメディア・イベントを通じて、国が全力をあげて悪者を懲らしめ、国民の安全確保に努めている、とする印象を振りまいたのだ。

 メディアがそのようにオカミのお役に立つだけなら、戦争がくるまでもない、もういまから「指定公共機関」になってしまっているというだけのことではないか。

(終わり)