桂敬一/元東大教授・日本ジャーナリスト会議会員/メディアウォッチ(44)生存権」中心に「活憲」論勢いづく護憲派新聞―08年・憲法記念日の57新聞社説からみえるもの―09/05/22

kuruma

 

 

 

 

「生存権」中心に「活憲」論勢いづく護憲派新聞

 

―08年・憲法記念日の57新聞社説からみえるもの―

 

日本ジャーナリスト会議会員  桂  敬 一

 

 

 62回目を迎えた今年の憲法記念日、5月3日をはさんだ1週間に、「社説」「論説」「主張」などと標示した常設欄や定例コラム、ならびにこの日を意識した企画特集・特別寄稿などに、憲法9条を中心とした新聞各紙の護憲・改憲をめぐる論調動向がどのように出現していたかの調査を、07年・08年と同様、試みてみた。

 

 日本新聞協会で閲覧可能な79社83紙について考察を加えた結果、53社57紙・合計部数4,407万部(カッコ内は昨年。以下同じ。51社55紙・4,437万部)については、上記のような関連記事を通じて、その新聞の護憲・改憲をめぐる姿勢が判断できると考えられた。残る26社26紙は、常設社説欄もないところが多く、当該期間中に憲法をトピックとする記事が少々あっても、その新聞としての姿勢は判断不能と思われた。

 

 判断可能とした57紙のうち、「護憲」は35紙2,491万部・部数比56.5%(35紙2,535万部・57.1%)、「護憲的論憲」15紙346万部・7.9%(13紙257万部・5.8%)、「改憲的論憲」2紙6万部・0.1%(2紙87万部・2.0%)、「改憲」5紙1,564万部・35.5%(5紙1,558万部・35.1%)と分類できた。

 

 さらに前2者を護憲派新聞とすれば、それは50紙2,837万部・64.4%(48紙2,792万部・62.9%)、後2者=改憲派新聞は7紙1,570万部・35.6%(7紙1,645万部・37.1%)と区別できる。

 

 この2区分による改憲派新聞対護憲派新聞の勢力比の変化は微量ではあるが、08年は07年に対して、09年は08年に対して、それぞれ護憲派新聞が比率を高め、改憲派新聞がそれを低落させてきている、といえる。

 

 だが、その内容をもう少し詳しく分析してみると、前者の続伸にも不安定要因が認められる。それらの点を以下に考察する。

 

◆「生存権」確立・拡充に憲法25条を活かせの論が高まる

 

 この調査はこれまで、主に9条改憲の是非をめぐる新聞各紙の姿勢を占うことを主眼につづけてきたが、今年は、昨年末から今年正月にかけての「年越し派遣村」の成功が各紙の論説担当者に大きな衝撃を及ぼした影響に、まず注目せざるを得ない。

 

 すなわち、深まる経済危機のなかで「生存権」を重視せよ、憲法25条を活かし、社会のセーフティネットの構築を図れ―そこにこそ現代の人権の根拠と平和の基礎が見出せる、とする議論が多くの新聞紙面で展開される事態となっていたからだ。

 

 そうした主張は、単なる護憲というより、「活憲」というべき性格が強い。昨年5月、千葉・幕張メッセで開催された「世界9条会議」で多くの人が主張し始めた、これからは憲法を活かす時代だ―護憲を超えて「活憲」を進めよう、とする護憲運動の目標転換の延長線上に位置する議論だ。

 

 そうした多くの社説・論説は、とくに9条に言及していなくとも、憲法全体を守るとするトーンに貫かれていたため、姿勢はおのずから9条護憲を含意するものと理解できたので、9条護憲に分類した。

 

 ただ、タイミング的には、昨年4月の名古屋高裁・イラク空自派遣違憲判決における「平和的生存権」の法的な権利容認、今年に入ってからの沖縄米海兵隊グアム移転協定化、ソマリア海自派遣・海賊対処法案可決(集団的自衛権行使先取り)、北朝鮮「ミサイル」迎撃作戦展開、オバマ米大統領の「核廃絶」プラハ演説、などのニュースがつづいていたので、これらに触れながら25条=生存権と9条=平和を結びつけた意見がもっとあってもよかったのに、そうした議論が少なかったのは、やや残念だった。

 

 そうしたなか、信濃毎日の5回にわたる社説は、今ここにおける日本の憲法的課題のすべてを、委細を尽くして論じており、圧巻だった。また、沖縄のタイムズ・新報の2紙は、現地住民が直面する生活への抑圧・人権状況の悪化・平和の危機を取り除くには「活憲」しかないことを、直截に告発していた。

 

 全国紙では、毎日の「憲法を考える」(3日・特集2ページ)、「アメリカよ 新ニッポン論 検証・沖縄返還交渉 日本が望んだ『密約』 対米依存外交の原点」(5日・特集3ページ)、朝日の「オピニオン 異議あり 憲法9条は日本人にはもったいない 『最大の違憲』ソマリア沖への自衛隊派遣に、なぜ猛反対しない?」(2日・伊勢崎賢治東京外語大教授へのインタビュー記事)、投書「声」欄特集(3日)が、なかなか読ませた。朝日の場合、これらのほうが社説より力強さを感じさせた。

 

◆「加憲」論との紛れやすさも伴う「活憲」論 の多彩さ

 

 「戦後レジーム」の清算=9条改憲を明確に唱えた安倍政権に対する警戒から、07年は9条護憲の論調が、地方紙を中心に、強く打ち出される傾向が認められた。だが、福田内閣はそうした路線をぼかし、麻生政権も対決路線を回避する一方で、海自のインド洋給油続行・ソマリア沖海自派遣など、解釈改憲の枠を広げつづけ、憲法と現実とのミゾは開く一方となった。

 

 また、安倍政権下で憲法改正国民投票法が実現、制度的には改憲作業に従事する「憲法審査会」ができたが、党派別の委員構成などが決まらず、これが始動できないまま、来年5月に同法施行を迎える状況となった。

 

 このような環境のなかで、「活憲」論は、25条(生存権)の強化、地方自治制度見直し、2院制検討、裁判員制度活用、18歳成人年齢制導入、公務員制度改革など、実に多様な問題に触れる多彩さをみせるものとなった。

 

 ところが、それらは、現行の憲法条項を活用して実現を図るとするものと、必要があれば憲法の現行条項も改正するというものと、区別しがたく混じり合うところが多く、うっかりすると、公明党の提唱する「加憲」論(9条改憲だけでなく、環境権・プライバシー権などの新しい人権を憲法に書き加えよとするような議論)との区別がつかなくなるおそれがある、とも感じられた。

 

 実際、そうした主張のあるものは、これまで解釈改憲だけできた9条の適用範囲=自衛隊の海外貢献活動の範囲(その限度あるいは拡張の可能性)を話し合うべきだとか、制度上できた憲法審査会の始動は考慮すべきだ、などの議論も行っており、見方にもよるが、改憲的論憲にまでいきかねない傾きもみせていた。

 

 興味深いのは、このような「活憲」論と、「加憲」論あるいはあと一歩で「改憲的論憲」との間(あわい)に位置する議論のある部分が、今年かならず迎える総選挙に際して、どの党も憲法を争点化し、これをどうするのか―変えるのか変えないのか、変えるとしたらどこをどう変えるのか、有権者の前にマニフェストとして示せ、と主張していたことだ。この主張には共感できるところが多い。

 

 ここまでくると、護憲か改憲かは、また憲法をどう活かすかは、新聞社の姿勢の問題でなく、その読者が自分としてどう思い、行動するかの問題なのだということが、はっきりする。

 

 今年目立ったのは、市民の集団署名意見広告だった。朝日と北海道新聞(どちらも3日)の「戦争を止めよう! 人間らしく生きたい! 9条・25条の実現を」(全ページ。広告主「市民意見広告運動」)、西日本新聞(同)の「憲法九条、それは平和への意思と力です。」(同。「戦争への道を許さない福岡県フォーラム」)、福島民報(同)の「福島市の市民団体連合」による意見広告(同)、埼玉新聞(同)の「憲法9条は日本の誇り、世界の宝 憲法を活かし 人間らしく生き 働ける社会を」(見開き2ページ。「平和憲法を守る埼玉の共同センター・埼玉憲法会議」)。

 

◆護憲派新聞を増やすのか改憲派新聞を増やすのかは、読者しだい

 

 冒頭に述べたとおり、今年も「護憲」と「護憲的論憲」の合計部数が、「改憲」と「改憲的論憲」の合計部数より上回ったので、前2者合計の護憲派新聞の勢いが後2者合計の改憲派新聞を上回った。だが、その内訳をみると、かつてみられなかった構造的な変化が生じだしており、今後はその点にも注意していく必要があるように思えた。

 

 すなわち、「護憲」新聞は、そのなかの朝日7万、毎日12万、中日3万、以下、北海道・西日本・陸奥・河北・埼玉・中国・徳島・高知(各1万)、ならびに「護憲的論憲」新聞中の長崎1万と、合計31万、前年に比べて部数が減ったのに対して、「改憲」新聞は、読売1万、日経4万、北国1万と、合計6万部増えているのだ。その差だけをみれば、37万部の開きが生じたことになる。

 

 日本における全般的な新聞発行部数の減少は、欧米に比べてかなり遅れており、昨年からようやく目立つようになった程度なので、護憲派新聞が数において改憲派新聞をまだ上回ることができた。前年、「改憲的論憲」にあった静岡新聞(72万部)が、今回は「護憲的論憲」に移ったことの影響も大きい。

 

 しかし、今年以降の深刻な経済環境の悪化のなか、日本の新聞も今後は急速に部数を減らしていくおそれがある。読者が、護憲か改憲かなど、新聞社の姿勢やニュースの内容、報道傾向にあまり関心を抱かず、値引き・景品などの読者サービスに気を取られたり、暗い話を嫌い、景気のいいニュースが多い新聞を好んだりしたりしているだけだと、あっという間に改憲派新聞が多数を制してしまう危険が忍び寄っている、というべきだろう。

 

 いくら新聞が頑張ってみても、読者・国民が、護憲にせよ、活憲にせよ、大きな関心をもってそれを自分の理解や行動基準にしてくれなければ、状況の悪化を許してしまう危険が大きくなっているのだ。

 

 だが、逆に護憲派新聞、「活憲」論の新聞を支持し、それが少しずつでも増えていけば、単に現行の憲法をそのまま保守するだけでなく、それを活かして、反貧困のたたかい、社会保障の充実、軍備費の縮小、核廃絶への前進を確かなものとしていくこともできる。

 今回、社の姿勢としては、護憲・改憲どちらにせよ、はっきりしたところがわからなかった新聞でも、住民・読者が憲法問題に取り組んでさまざまな運動を展開すると、それを紙面で大きく取りあげるところがいくつか認められた。

 

 奈良日日新聞は5月2日に「九条の会奈良」主催(3日開催)の会合予告を出し、4日には「『九条を世界に』訴え 憲法記念日で梅田氏(注:地元弁護士)講演」と報道した。奈良新聞は5月4日、JC(日本青年会議所)主催のタウンミーティング(3日開催。石井郁子共産党衆院議員と高市早苗自民党同議員対論)のもようを報じた。

 

 伊勢新聞も3日、前日開催の二つの催し(JC主催タウンミーティング・新田皇學館大教授と中野共産党県委員長対論。フォーラム平和・三重主催「憲法を考えようフォーラム」。イラク派兵差し止め訴訟の岩月弁護士・フォーラムの前嶌事務局長など出演)。

 

 また山口新聞が、4月に共同通信社の開いた会員新聞向けの論説研究会の詳細な記録を掲載したが(5月3日)、湯浅誠反貧困ネットワーク事務局長、土井真一京大教授(裁判員制度)、斉藤誠東大教授(地方自治)の話は強く印象に残るものだった。

 

 調査対象各紙の論調動向に関する分析結果は、以下に別表として示した。

 

    以 上