桂敬一/日本ジャーナリスト会議会員/メディアウォッチ(27) NHK次期会長問題をメディアはもっと真剣に報じよ ―古森経営委員会をこそ、市民の声で「改革」すべきだ―07/12/24

kuruma


 

 NHK次期会長問題をメディアはもっと真剣に報じよ

―古森経営委員会をこそ、市民の声で「改革」すべきだ―

      元東大教授・日本ジャーナリスト会議会員 桂  敬 一

 

 

 「菅原委員:古森委員長が連れてこられた方が、もしマスメディアから批判されるような人であれば、また受信料(注:納付率)が下がるということも考えられます。その点は大丈夫ですか。

 古森委員長:私自身も最初は経営委員長として、マスメディアから大いにバッシングされたが、今ではメディアからも大いに尊敬されている。
多少マスメディアにたたかれて、受信料が下がっても、それは長くは続かないから大丈夫だ。
 それでは、次回21日に1人だけ会長候補を自分が連れてきて紹介する。他に会長候補を今から出したい人がいたら、出してください。」

 

 NHK=日本放送協会の次期会長選びが大詰めを迎えた12月19日、その任に当たる同会経営委員会の女性委員二人が、古森重隆委員長(富士フイルムホールディングス社長)の議事運営が強引であると、同委員長に抗議するとともに、会長選任の審議方法を改善するよう申し入れ、その後、この抗議・申し入れの内容を、記者会見で発表した。
 その模様は翌20日の各紙朝刊で報じられたが、上記のやりとりは、二人のうちの一人、菅原明子経営委員が作成、会見で配布した、会長候補指名を論議した13日の経営委員会の備忘録からの抜粋である。委員会の議論の雰囲気がよくわかる。

 そして、翌21日の各紙朝刊は、古森委員長が20日、意中の候補を、福地茂雄・アサヒビール相談役1人に絞り、25日の経営委員会にはかることにした、と伝えた。

 

◆NHKの今後のあり方全体に影響及ぼす会長選任問題

 

 古森委員長が初め、バッシングを受けたのにはわけがある。

 安倍晋三前首相には財界人からなる応援団、「四季の会」があり、古森氏はそのメンバーだ。2005年、大物プロデューサーの受信料不正使用、従軍慰安婦を題材とした番組への安倍・中川昭一両議員の介入発覚、政府・自民党べったりでワンマンの海老沢勝二前会長の責任問題(のち辞任)などで不評を買ったNHKは、受信料不払い増加で、手痛いダメージを受け、経営再建が重要課題になっていた。
 2006年夏、安倍首相はメディア戦略を重視、NHK経営委員長の任期交代を狙って、腹心の古森氏を後任の委員長とすることにした。
デジタル革命の中、NHKの豊富なコンテンツを開放させ、これを利用して映像やネットなど情報ビジネスへの進出を考える大企業も、この人事案を歓迎した。

 放送法によって、経営委員会委員長は委員の中から互選で選ばれることになっている。だが、異例のことに、経営委員ではない古森氏が新委員長になるとする「新聞辞令」が、早々と発表された。
また、経営委員長は、これまでにも各種の企業のトップが就任したが、NHKと取引のある業種の企業関係者は就任不可とされてきた。だが、富士フイルムは放送・映像機材の面で、NHKが大きな取引相手だ。
 この2点からだけでも、安部内閣による古森氏の経営委員長押し込み策は、放送法違反の疑いがあった。メディアのバッシングが生じるのは当然だ。だが、彼は07年6月、経営委員に就任、即委員長となった。

 古森氏の経営委員長就任直後、後ろ盾の安倍首相は、7月の参院選で大敗を喫し、9月12日に突然、職を放り出し、政権は崩壊した。古森委員長はその前日の経営委員会でNHK執行部に対して、「選挙期間中の放送については、歴史ものなど微妙な政治的問題に結びつく可能性もあるため、いつも以上にご注意願いたい」と発言、物議を醸した。
温厚な橋本会長さえが、10月4日の会見で「心外だ」と不快感を口にした。すると古森委員長は、自分の発言に対して弁明を試みたが、あろうことか、「たまたま一例として言った」「NHKの番組は見ていない。申し訳ないが朝も昼も忙しい」と、ぬけぬけと語った。

 この委員長が執着しているのが、協会執行部=会長・副会長をいただく理事者側の上位に立って、これを完全に支配することだ。9月に執行部が提出した経営5カ年計画案中の受信料引き下げ案は、確かに安部内閣で主務官庁責任者だった菅義偉総務相が執拗に求めた2割程度の値下げに、到底及ばぬものだ。
 菅前総務相案は、値下げと同時に放送法を変え、受信料支払い制度を、不払い者に罰則を課す義務制に改める、とするものだった。義務制とはいうものの、受信料は契約視聴者のNHKに対する信頼と自発性に基づいて支払われるものだ、とする現行法の維持を主張する協会執行部側の計画案は、一気に高率の引き下げが盛り込めるものではない。
 だが、安倍・菅ラインの流れに立つ古森委員長は、引き上げ幅の小ささを口実に、執行部案を丸ごと潰した。このようなやり方は、経営計画の決定過程やそのあり方全体を、経営委員会の支配下に完全に置くためのステップとして断行された色合いが濃い。

 加えて無視できないのが、12月21日、参院で可決・成立した改正放送法の中身だ。ここで詳細を紹介するゆとりがないが、改正法によって、経営委員会の協会執行部に対する監督権限は、格段に強化、拡大された。
 このあと受信料が国法によって罰則付きで義務化されたら、NHKはほとんど国営放送になり、経営委員会はNHK内部の政府代理機関と化すだろう。
 一方で、改正放送法は、公共放送としてとかく規制に縛られてきたNHKに、その貯蔵コンテンツはだれに対しても自由に販売し、金儲けしていいとする、民営化・自由化の恩典も与えることにした。だがそれは、NHKのためというより、その利用を狙う財界の仲間、各種の大企業のためというべきだろう。

 古森氏が連れてくるとする福地・アサヒビール相談役も「四季の会」のメンバーの一人だ。彼が会長になったら、NHK執行部を経営委員会の支配下に抑えるとする古森委員長の野望は、ほぼ完璧に実現するに違いない。それは、福田曖昧政権の陰に隠れている、
 小泉・安倍的なるものの野望の達成というべきかもしれない。古森委員長に抗議し、その独断を諫めた菅原委員、保(たもつ)ゆかり委員の勇気ある行動は、実に大きな意義をもつものであるということができる。

 

◆NHK問題の本質に対する大メディアの関心の薄さに驚く

 

 古森委員長主導のもとでNHK次期会長の選出が決められそうな状況は、11月になると、NHK・OBや放送ジャーナリスト、メディア研究者、受信料問題と取り組んできた視聴者団体関係者のあいだで、急速に危機感を持って受け止められるようになった。
 その動きの中から、12月13日に開かれる経営委員会前に、密室で会長を決めるな、会長候補の公募を実施せよ、と申し入れる運動を起こそうとする声が上がり、私は、松田浩・元立命館大学教授、野中章弘・アジアプレス・インターナショナル代表のあとに加わえていただき、運動を起こす3人の世話人(代表=松田氏)の一人となった。
 この動きは、公募実施の申し入れを行った後、実際に候補として原寿雄・元共同通信社専務理事と永井多恵子・NHK副会長のお2人を推薦する「原さん、永井さんをNHK会長候補に推薦する会」を結成、会として両候補の推薦人賛同者を広く募り、NHK経営委員会に両候補も選考対象に含めるよう申し入れる、などの行動を取る運動へと発展していった。

 大急ぎで手分けし、各方面に運動の趣旨を伝え、推薦人の承諾をお願いした結果、今のNHKのあり方を心配する方々が多数、申し入れに名を連ねる推薦人となってくださり、12月9日までにその数は67名、3団体に達した。
 まず、川口幹夫(元会長)、川平朝清(元経営主幹)、藤井潔(クリエイティブネクサス会長)、川竹和夫(元放送世論調査所長)、酒井広(元アナウンサー)の各氏のほか、各界で活躍中のNHK・OB多数の存在が目立つ。
そして、石村善治(言論法制研究者)、奥平康弘(憲法研究者)、樋口陽一(同前)、暉峻淑子(埼玉大学名誉教授)、井出孫六(作家)、山田太一(作家・脚本家)、高畑勲(アニメ映画監督)の各氏諸先輩を筆頭に、マスコミ研究、法律、文学、映画、写真、ジャーナリズム、視聴者団体など、多様な領域からたくさんの方々が、推薦人として名を連ねてくださった。その後、現在にいたるも、推薦人賛同者は増えつづけている。

 12月10日、「推薦する会」世話人は、NHKに経営委員会事務局を訪ね、申し入れを行ったのち、衆院第一議員会館会議室で記者会見を開き、申し入れについて説明、原・永井両候補を会としNHK会長候補に推すことを、発表した。

 NHK次期会長選びが重要な意味を持つ問題になるとする認識を、読売は11月10日付夕刊のこラム「エンタeメール」で示していた。
「NHK次期会長人選 制作の独立維持へ熟慮を」の記事は、「NHKの今後を左右する」会長選任に当たって、経営委員に慎重さと熟慮を求めていた。
そうした心配がなぜ生じるかのわけは、毎日・11月5日朝刊の「NHK経営委 業務への関与強化 『発議』し自ら『承認』? 際立つ政府寄り姿勢」が詳しくリポートしている。
さらに毎日は、同14日朝刊で「NHK『後任会長、外部登用も』 経営委員長示唆 年内絞り込みへ」と、古森委員長のリーダーシップの行方に注意を促す記事を載せた。

このような問題意識がメディアに行きわたっている以上、自分たちの記者会見にも、多数の記者が出席、活発な質問や意見が出てくるのではないかと、私は期待した。支持、応援だけの期待ではない。
関心が高ければ、なぜ候補は2人なのかなど、答えにくい質問も浴びせられるのではないかと、緊張もしていた。
 だが、私たちの説明・発表に対して、とくに痛烈な質問はなく、かといって、両候補推薦の行方に興味を持ち、こちらの考え方を熱心に聞きただそうとするわけでもなく、過去の類似の会見と比べたら、はるかにあっけない感じで、会見は終わった。驚いたのが、新聞では朝日、日経、東京から、テレビではTBS、フジテレビ、テレビ朝日から、出席がなかったことだ。当のNHKも、経営委員会担当セクションの関係者はきたが、報道の出席はなかった。

 そして翌11日の一般紙朝刊を見て、率直にいって落胆した。この会見報道を紙面で見ることができたのは毎日と東京の2紙だけだった。
しかし、どちらも1段見出しの小さな記事、東京は「放送・芸能」欄の扱いだった。時事通信の配信は、スポーツ紙や、ヤフー、インフォシーク、ライブドアなどのニュースサイトに散見できたが、共同通信の配信は確認できなかった。
 これに対して、会見に出席していたインターネット新聞、JanJan(12月14日)が詳しい会見記事を載せ、これに対する「NHKの受信料を払っている我々にこそ会長を選ぶ権利がある」とする署名の書き込みも紹介していたのが、興味深かった。大手メディアは、NHKにスキャンダルがあるときは大騒ぎするくせに、公共放送NHKが受信者の手から政治や資本に奪われてしまうか否かがかかっている次期会長選任問題に、なんでこんなにも無関心なのか、と驚いた。

 

◆間違っていないか、NHK問題に対するメディアの視点設定

 

 朝日は、12月13日朝刊・メディア欄に「NHK会長選び混とん 経営委員会 きょうから本格検討 経済人ら起用の動きも 安倍氏退陣、風向き変化」とする「解説・展望」の特集記事を掲載した。
しかしこれは、NHKの会長人事をめぐる戦後と最近の過去の経緯を回顧、現在は次期会長選出を控えてどんな問題を含んだ情勢にあり、今後事態はどう展開しそうかと、あれこれ展望しただけのもので、客観報道というより傍観報道というべきものに過ぎない。
 原さん、永井さん推薦申し入れ運動も、「ポスト橋本」をめぐってしだいに増す「慌ただしさ」のひとつだとして、8行弱挿入されたにすぎない。
その独自の意味を、肯定・否定どちらにおいても評価しようとする視点は、まるでなかった。そして朝日は翌14日(朝刊)、他紙と比べてはるかに大きい記事で、「NHK経営委、橋本会長を再任せず 後任、20年ぶり外部か」と報じ、前日の経営委員会が、古森委員長の強引な会議運営でとりあえず結論とした部分を、強く印象づけた。

 振り返れば、9月の経営委員会が古森委員長のリードで、協会執行部側の5カ年経営計画案を拒否したとき、「NHKの経営委員会もなかなかやるじゃないか。
執行部が出した来年度からの5カ年経営計画案を突き返したと聞いて、そう思った人も多いだろう」(9月27日社説「NHK改革 とんと晴れぬ橋本会長」)と、朝日が古森委員会の肩を持ち、橋本執行部を嘲笑したのに、驚き呆れたことを思い出す。
  この段階で会長・執行部が批判されるべきは、橋本新会長の下、海老沢体制を脱却する方向で改革の基本方針を確立するために設置されたデジタル懇談会(デジタル時代のNHK懇談会。座長=辻井重男・情報セキュリティ大学院大学学長。吉岡忍・江川紹子氏などのジャーナリストも委員に参加)が06年4月、せっかく傾聴すべき中間報告をまとめたのに、これを経営計画案に十分に生かしていなかった点である。
この流れと関係なく、突然登場、安倍・菅ラインを背景に、オレ流の「改革」を執行部に押しつける委員長のやり方を褒め称え、これに逆らう会長という見立てで会長・執行部をおちょくるのは、いかにも見識がない。

 そのくせ、こと人事となると、経営委員の一部が古森委員長に楯突いた、というような問題の捉え方ができるときには、どの新聞も競って大騒ぎする。菅原・保委員の行動は大きく取り上げられたが、東京を除き、その意味に丁寧な考察を加えた記事は少なかった。
 そして古森委員長は、このようなメディアの性癖を利用、福地氏が意中の会長候補とメディアがいっせいに報じるよう、20日に情報操作を行った節がある。菅原委員「備忘録」によれば、委員長は「次回21日に1人だけ会長候補を自分が連れてきて紹介する」と語っている。次回委員会は25日のはずだから、「次回」とする言い方は、委員長の言い間違えか、菅原委員の誤記だろう。だがいずれにせよ、この流れからすれば、20日以前には経営委員は、委員長から福地氏の名前は聞いていない。

 したがって委員長は、事前に委員会にも出さなかった、委員に知らせることもなかった意中の人の名を20日、メディアに流し、21日の報道で世間にそれが大きく報じられるようにし、25日の経営委員会を前に、ある種の既成事実づくりをした疑いがある。

 朝日は「なかなかやるじゃないか」と褒めてくれた。橋本会長はお終い、あとは福地会長だと、全メディアが大きく報じてくれた。メディアをそのように動かせる古森委員長が、「マスメディアから大いにバッシングされたが、今ではメディアからも大いに尊敬されている。多少マスメディアにたたかれて、受信料が下がっても、それは長くは続かないから大丈夫だ」と豪語するのは当然かもしれない。
しかしそれは、裏を返せば、メディアがそれだけ舐められているということではないか。

◇            ◇

 NHK会長問題でも、どの線からきた会長候補が有力か、政界・財界で強い影響力を持っているのは誰か、外部から会長がきたらNHK内部の権力闘争にどのような変化が生じるかなどなど、こと人事となると、お定まりの実力者間のネゴシエーション、権力闘争の行方などに関心が集まり、誰もが情報通になりたがる。
メディアはそうした興味に応えようと張り切る。しかし、公共放送の存立が危ういのだ。放送法「改正」があっけなく実現、さらに放送と通信の垣根を外す「情報通信法」成立推進の政財界の動きも強まっている。
 うかうかしていると、放送全体の公共性が喪失、放送と関係の深い新聞も、国家権力と市場のあいだをさまよう頼りない存在になってしまうおそれがある。新聞にも民間放送にも、公共放送の役割に期待し、今のNHKのあり方に危機感をもつ読者・視聴者、市民の目線に立って、今度の会長問題をしっかり報じ、かつ論じてもらいたいものだ。
  朝日はさすがに12月21日、会長候補を福地氏一本に絞るとする古森委員長の意向を伝えたのに伴い、「NHK会長 財界人には務まらない」とする社説を掲げた。この社説を読んで、朝日の購読を止めようと思っていたが、止めるのを止めたと、ホッとした顔で語った知人がいるが、本当にしゃきっとしてもらいたいものだ。(終わり)

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