桂敬一/日本ジャーナリスト会議会員/メディアウォッチ(23)参院選・安倍政権大敗後の政治情勢をどう捉えるか―アメリカがテコ入れする改憲と「政界再編」に注目― 07/08/16

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  参院選・安倍政権大敗後の政治情勢をどう捉えるか

 ―アメリカがテコ入れする改憲と「政界再編」に注目―

     桂敬一(元東京大学教授・日本ジャーナリスト会議会員)

 

 最悪の場合は、自公両党とこれに同調する無所属当選者とが議席の3分の2以上を占め、安倍首相がかねてから公言してきた、自分の任期中の改憲実現に向けた国会運営が、即スタートする危険がある―それが食い止められても、彼らが過半数を取れば、両院における憲法審査会の活動開始は避けられないかもしれないと、ある程度は覚悟していた。だが、民主党の思いがけない大勝で、野党が結集すれば、議席の過半数を制し、与党が既定路線を思いどおり進めることはできなくなった、というのが今回参院選の結果だ。

 正直ほっとした。しかし、朝日「自民 歴史的大敗」(7月30日)、毎日「自民 歴史的惨敗」(同)の大見出しをそのまま真に受け、自民党に反対する政治勢力が大勝、自公与党と小泉・安倍政権がごり押ししてきた政治路線を完全に覆し、それとは根本的に異なる路線を推進していける情勢を切り拓くことに成功したのかといえば、とてもそうはいえないというのも、偽らざるところだろう。

 いったいこの参院選における自公与党連合と安倍内閣の敗北をどう受け止めるべきなのであろうか。また、彼らの敗北と、独り勝ちした観のある民主党の今後の動向はこれから先、どのような政治状況をつくり出すのか。そこにはどんな問題が生じるのか。良くも悪くも流動化する情勢のなかで、メディアはどんな役割を果たすことになるのだろうか。

 

 ◆シーファー米駐日大使はなぜかくも活発に発言するのか

 

 8月13日、TBSの「ニュース23」は、膳場貴子キャスターをインタビューアーとする、シーファー米駐日大使の独占会見を大きく報じた。大使のいいたいことは実にはっきりしている。シーファー大使彼は8日、参院第1党となった民主党の小沢一郎代表を訪問、11月1日に期限がくるテロ対策特別措置法の延長に対する同意を求めたが、承諾を得ることができなかった。TBSに登場した大使は、この問題を再度大きく取り上げ、小沢代表に再考を促す遠慮のない発言を、テレビ視聴者に向けて繰り返したのだ。

(写真 吉野やの牛丼を食うシーファー米駐日大使)

テロ特措法は、日本の国際貢献、日米同盟の証として重要な意義を担うものであり、国会内の政党の力関係が変わっても、それによってマイナスの影響を被るようなことがあってはならないものだ。これを政争の具=political football(政治的なフットボール)にしないで欲しい。特措法の必要性を明かす情報が必要なのであれば、これからは野党の小沢さん、民主党にも、アメリカの機密情報まで含めた、すべての情報を提供する用意がある、とシーファー大使は語った。小沢代表は、民主党本部に大使を待ち受け、会談のやりとりをメディアの前に公開したが、逆に大使から、秘密の付き合いをしてくれたら、とことん内緒の話ができるんだぜと、持ちかけられたかたちだ。

 大使が、日本との関係緊密化のためなら、ブッシュ政権は日本が希望することをなんでもやる、といわんばかりの発言をしたのに対して、膳場キャスターは「それでは、日本が最重要視する拉致問題が解決しなければ、アメリカは北朝鮮のテロ支援国家指定も解除しないのですね」とたずねると、大使は「解決しなければ、といういい方は正しくないが、なんらかの動きがなければ、解除してはいけないと思う。ただ、解除にはすべての問題(の解決が)含まれる」と答えたものだ。テロ特措法の延長に関してはなんでもやる、とする意気込みをみせる一方で、アメリカがいまもっとも重視する北朝鮮の核無能力化への動きを阻害するおそれのある、拉致問題に対する日本のこだわりに対しては、無原則な迎合はしないとする冷徹な姿勢も、垣間見せたかっこうだ。

 驚いたのは、小沢民主党代表に再考を求めるとするシーファー大使の会見記事が、翌14日の朝日、毎日、日経の3紙(いずれも朝刊)にも大きく出たことだ。これら3紙がどれも「自紙の独自会見」と謳っているのが、興味深い。タイミング的にみると、順番はわからないが、このTBSと新聞3紙は、13日中にすべて「単独会見」をすませていた気配だ。記事の内容は、小沢代表への要望に関する限り、ほとんどTBSのインタビューと同じだ。さぞかし大使は忙しかったことだろう。しかし、読売、産経、東京の各紙には同様の記事はなかった。共同通信も配信したようすがない。なぜ外されたのだろうか。テレビ局(全局にわたっての報道の有無は未確認)についても疑問が残る。ただ、どのメディアでも、それがそこだけの独自ネタということであれば、扱いが大きくなるということはいえる。さすがに全メディアに付き合うのでは、「独自ネタ」の提供とはいえない。そういえる範囲ぎりぎりのところで、日ごろ問題と思うメディアを狙ったということか。

 いずれにせよ、こうしたシーファー大使の異例の動きは、安倍政権大敗という状況に直面、アメリカ・ブッシュ政権がただならぬ危機感を日本に対して抱いた心証を示している。複雑骨折したような日本は、よろめきだしたらどこに進んでいくかわからない。急いで抱き起こし、足に添え木を当て、肩につかまらせ、いままでどおりきた道をもっと前に向かって歩かせなければならない。もう鷹揚に構えてはいられない。はっきりしたアメリカの意向を、日本政府だけにではなく、日本人全体に対してもはっきりわからせなければいけない。そういう意気込みが感じられた。

 

 ◆隠された参院選で最大の争点のはずだった「改憲」

 

 参院選は、なにが最重要の争点か、実のところまったくわからないままの選挙戦がつづいた。年初の段階では安倍首相が、自分の任期中に改憲をやる、と宣言、改憲がクローズアップされた。強行採決で国民投票法案を成立させると、首相は、参院選の争点は改憲だと、いっそう強気の姿勢に出た。ところが、大臣の連続失言、事務所費めぐる政治とカネの問題、松岡利勝農相自殺、国会で17回も繰り返された強行採決、年金5000万件の名寄せ未了、赤城徳彦農相の事務所費問題・ばんそう膏事件などが起こるのに連れて、新聞・放送各メディアの世論調査における安倍内閣支持率は、止めどない続落・漸減を辿った。安倍内閣はもう改憲を争点にすることはできなかった。年金問題、政治資金規制、公務員制度改革など、追及を受けた問題に対する応急措置的な政策を売り込むのに精一杯だった。メディアも、それによって安倍政権が勝てるのか否か、とするような政局がらみの予想に、関心を大きく移していった。そして、安倍政権は負けた。そのこと自体は予想されたところでもあり、大した驚きではなかった。驚きは負け方が大き過ぎたこと、いいかえれば、民主党の勝ち方が大き過ぎたことだったといえよう。

 こうなるとメディアは、安倍首相の「続投」に対する賛否では不協和音を多少奏でたものの、近い将来かならず国会解散・総選挙があると、同じように政局の先を読み、これに先立つ当面の安倍内閣改造の人事や、国会解散の時期、きたる総選挙における自民・民主の優劣など、つぎの政局の予想にシフトした報道・論評を競って展開するようになった。そこには、どちらに肩入れするかの違いはあるが、参院選にいたる過程でも目立った、自民対民主の対峙を予定する二大政党論が、選挙後の勢力逆転態勢下で、かえっていっそう意識的に繰り返されることになった。参院選での民主党の勝ちっぷりが総選挙でも再来すれば、政権交代はあり得るから、話はそうなるというわけだ。だがそこには、どのような政策を争ったら政権交代が起こり得るかとする観点が、およそ欠落している。

 そもそも今回参院選でも、選挙戦に入り、安倍政権が改憲のカの字もいわなくなっても、それはおかしい―最重要政策としてきた争点についてはっきりしたことをいまこそ語り、国民の信を問え、と批判するメディアはほとんどなかったのが実情だった。そして、選挙後、安倍政権大敗北のあとも、その点は変わらないのだ。選挙戦中、改憲が争点化されていなかったのだから、その点で安倍政権が敗北したと決め付けはできない、とするような、不思議な沈黙だけがずっとつづいている。しかし、通常国会で国民投票法が成立、法制度的には事実上、衆参両院に常設される憲法審査会は、メンバーさえ決めれば、発足可能な状態になっているのだ。これをどう取り扱うかは、問題点を報じ、あわせてどう考えるべきかの主張も交え、メディアも論じなければいけないはずだ。参院で野党が多数派になってしまったから発足できない、という現実論だけですませるのはおかしい。改憲という事案や憲法審査会というもののあり方は、議会勢力の一方の側が、多数をたのんでかたを付けるというような話では、元来なかったのではないか。もっとしっかりした、「あるべき論」をやる必要があったのではないか。通常国会での強行採決、審議不足のせいで矛盾や不備な点が残されることになったのなら、それらの点を見直す必要もあろう。これらは、きたるべき総選挙でも重要な争点になるはずだ。だが、参院選後、この問題については朝日(8月2日)、読売(同9・10日)の短い記事しか見た記憶がない。

 

 ◆アメリカの世界戦略再編が日本のカネ、ヒト、モノを求める

 

 アメリカの危機感もさぞやと思える。なにしろ最初、安倍政権は破竹の勢いだった。昨年秋の臨時国会では、もう一つの憲法というべき教育基本法を「改正」、さらに防衛「省」昇格法、自衛隊の海外活動を本務に加えた自衛隊法「改正」を実現、明けて通常国会では、憲法改正国民投票法、在日米軍再編推進特措法、空自駐留延長のためのイラク人道・復興支援特措法延長などを、どかどか決めていった。加えて安倍首相は強引に「集団的自衛権に関する有識者会合」(安全全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)を設置(5月18日)、集団的自衛権の解釈の幅を、大きく広げる挑戦に乗り出した。このままいけば、憲法9条の外堀は近々、全部埋められ、残されるのはいよいよ本丸、9条の「改正」、「新憲法」制定だけ、ということになるはずだった。

 ところが、従軍慰安婦に対する日本の軍・政府の直接的強制はなかった、とする安倍首相の発言で米国議会が反発、下院本会議での謝罪要求決議の採択が必至となると、参院選への影響を心配したブッシュ政権としても、その投票終了まで採決を議会に待ってもらうのがやっとだった。だが、待ってやった甲斐もなく安倍政権は大敗を喫し、米下院は7月30日、決議を採択した。興味深いのは、日本政府を非難するだけでは具合が悪い―日米同盟・対テロ戦への日本の貢献に感謝する決議を下院外交委員会で採択しようという、非難とバランスを取るためのアイデアが出され、31日、それが実行されたことだ。8月1日、NHK総合テレビ・午後1時のニュースがその情景を映し出したが、委員会全会一致の決議というものの、居並ぶ議員がみな、集中力を欠いた、しらけた表情をみせているのが印象に残った。自信なげな、むしろ恥ずかしそうな雰囲気が室内に漂っていた。

 アメリカは、とくにブッシュ政権は、本当に困っているのだ。安倍政権の改憲の突っ張りは、閣僚の不始末に対する怒り、年金不安、拡大する格差に対する不満などが国民のあいだから頭をもたげてくれば、あえなく崩れてしまう程度のものだった。そうなると、政権当事者が改憲路線をリードできなくなるだけではない。だれもかれもが国内政治のトリビアルなごたごたに頭を突っ込みだし、つぎの選挙はいつか、どっちが勝つか、だれが政権を取るか、だれがいいポストを手中にするか、といったようなことばかりに夢中になる。メディアもそうだ。これではどうしようもない、必要なところにはもう自分が出ていって、一番大事なことはこれだと、じかに教えなければならない。アメリカの思い、シーファー米駐日大使のお出ましは、そういうものだったのではないか。

 なにしろイラク・アフガニスタンにおける対テロ戦費は07年度までの7年間で、すでに6000億ドルかかっている。さらに民主党の要求も入れ、派遣軍の撤退を進めつつ、3年後に最少兵員での駐留体制に移行、その後10年、そのまま駐留をつづけるすると、この間さらに最大1兆ドル(約180兆円)の戦費が必要だと、議会予算局がはじいている(日経・8月2日付朝刊)。カネが要るのだ。だから在日米軍の世界戦略レベルでの再編も、できるだけ早く日本のカネで進め、基地や各種の軍事施設もできるだけ日本に置き、将来の経費もできるだけ日本に負担してもらえるようにしていく必要がある。この要請に日本のパートナー、政府や政治家をスムースに対応させるためには、憲法9条の「改正」が絶対に必要となる。そうした改憲の重要な意義を片時も忘れず、粘り強く、また迅速にその実現を目指してくれる政権なら、だれがやってもアメリカは全面的な支援・協力を惜しまない。シーファー大使の行動には、そうしたあられもない正直さがうかがえる。

 

 ◆安倍大敗後の政治的収拾は
  大連合型「政界再編」を生み出すか

 

 アメリカの厚遇を後ろ盾に、なおかつ安倍首相のヘナチョコぶりをいいことに、小池百合子新防衛大臣が、さらなる政界のし上がりを策し、野心的で大胆な行動に出だした。また、テロ特措法延長問題をきっかけに、将来にわたる日米同盟強化・在日米軍再編というより日米軍事一体化、あるいは日本の軍事植民地化、日本全土の「沖縄化」ともいうべきアメリカの本音の部分が露骨に現れるようになると、前原誠司前民主党代表は、小沢代表の意思に反するのも構わず、テロ特措法延長は必要だとする独自のメッセージを、メディアを通じて発信した(毎日・読売。ともに8月4日付夕刊)。シーファー大使はこれも見逃さない。前原氏など他の民主党関係者も交え、小沢代表との再度の会談の開催を希望する、との意向を明らかにした(毎日・8月14日付朝刊)。

 このような政界の流動化の兆しは、なにを意味するのだろうか。一部の政治論評は、現在の安倍政権の行き詰まりと自民党の混乱は、つぎの総選挙の洗礼による新政権の誕生でも打開、収拾はできず、やがて自民、民主、その他の新党を網羅したかたちでの、新しい政界再編に発展していく可能性がある、と観測する。1993年の自民党分裂・新党叢生、非自民連立政権成立(細川内閣誕生。55年体制終焉)に匹敵する動きが生じる可能性があるというわけだ。だが、それは、かつての再編と似たようなものとして再現することはないのではないか。最大の違いは、以前は国内政治の範囲内における力学によって再編が導かれていったが、今度は、アメリカの意向が直接、強く反映するものとなるだろう、と予測される点だ。なにもアメリカが一方的に意向を押し付けてくるわけではない。国内で再編の流れを主導しようとする側が、アメリカに擦り寄る競争が強まるのだ。

 ブッシュ政権が倒れ、民主党政権がアメリカに樹立されれば、日米関係は大きく変わるのだろうか。この点も、アメリカ側の対日態度が一変し、日米関係の緊張が緩和されることになるとは、到底思えない。むしろ日本に対しては民主党の方が、経済政策では市場開放を、安全保障政策では相互防衛体制における双務的な義務の履行を、それぞれ厳しく求める傾向が強く、日本に対する政治的(軍事的)・経済的要求はかえって大きなものとなるおそれさえある、と警戒すべきであろう。

 8月10日、麻生太郎外相とシーファー米大使とが外務省に会し、日米の軍事秘密漏洩を防止する枠組み、「日米軍事情報包括保護協定(略称:GSOMIA)」に署名、これが発効することになった。日本側にイージス艦情報の外部漏洩があったとして、その部品の供給が一時停止されたことがある。ミサイル防衛の配備は、アメリカとの情報共有がなければ、実現不可能だ。空自は次期戦闘機にアメリカの新鋭機、F22の導入を希望したが、日本側の機密保護に対する不安も理由の一つとし、アメリカは輸出に応じない。包括協定ができたら今度は万事OKになるのだろうか。日本政府は、協定履行のために、軍事機密保護のための国内法制定を考慮している節がある(毎日・8月14日付朝刊)。アメリカの意向の影響が強まるということは、彼らの政治的なごり押しが強まるというものでもない。軍事一体化それ自体の作用が、日本をアメリカに強く緊縛するプロセスを必然的に伴い、アメリカなくしては日本がやっていけなくなる状況がもたらされる、ということなのだ。

 そしてもっとおそろしいことが起こる危険がある。8月10日、TBSの動画ニュースサイト、ニュースアイ(NEWS i)は、安倍首相の私的諮問機関、「集団的自衛権に関する有識者会合」が検討した「駆けつけ警護」(味方である他国の軍隊が攻撃されたとき、駆けつけて応戦すること。これまでは違憲だとして、海外出動した自衛隊は「駆けつけ警護」を禁じられてきた)について、イラク・サマーワに派遣された陸上自衛隊の元指揮官で、今度参院議員(自民党)に当選した佐藤正久議員に取材したところ、彼が、“自衛隊と一緒に行動していたオランダ軍が攻撃を受けたら、「情報収集の名目で現場に駆けつけ、あえて巻き込まれる」状況を作り出し、憲法に違反しないかたちで警護するつもりだった。・・・これもいけないということで日本の法律で裁かれるのであれば、喜んで裁かれてやろうと・・・”と語ったことを報じた。

 意地悪く考えれば、意図はどうあれ、「あえて巻き込まれる」状況作りは、1931年、満州事変のきっかけとなった、柳条湖における関東軍の満鉄鉄道爆破に限りなく近い性格の行為だ。当時の現場の独走、暴走を許したトップは、現地関東軍首脳と、これと気脈を通じた参謀本部の一部だった。だが、ことが起こってしまえば、それは日本全体の背負わなければならない戦争となった。だが、今度は違う。サマーワで「巻き込まれる」状況を作ったら自衛隊は、安全確保のためにも、もはや単独では行動できず、イラクにいる有志連合各国の軍全体を束ねる、現地アメリカ軍の司令部の統括に、ただちに服さねばならなくなっただろう。本国司令部への連絡、請訓は後回しだ。だが、こんな状況はアメリカだって迷惑だ。改憲を実現、「駆けつけ警護」は当然ということに、早くしたいはずだ。

 

 ◆柳条湖事件の悪夢―メディアは国民総動員の愚を繰り返すな

 

 だれがアメリカと一番密接なコネクションをつくることができるか、といった競争が今後、陰に陽に激しくなるだろう。政権に近づこうとする政治家だけではない。財界・大企業の首脳層も、グローバリズムと新自由主義の信奉者として、アメリカ経済界の有力人脈や企業的成功者との関係づくりに精を出す。そして、財界からの政府・政治家に対するプレッシャーもますます強くなる。アメリカの意向を忖度した政治、改憲の追求が、政府・政治家に求められる。今度起こる政界再編は、このような背景の下で繰り広げられるものとなる可能性があるが、それはけっして均衡した二つの政党の政権交代というようなかたちにはならず、緊迫した危機の下での政治的大連合というようなかたちを取る可能性が、大いにある。少数の異端分子は排除し、危機の前に国民総動員というべき政治・社会勢力の統合が図られ、これを基盤に政権が樹立され、政治の安定化が図られるのだ。

 この場合の危機とはなにか。アメリカの「テロとの戦い」を標榜する戦争政策が変わらない限り、アメリカは結局、海外各地で対テロ戦を拡大・続行、世界のあちこちに、ますます反対武装勢力を多数生み出さずにはおかないだろう。自衛隊がその路線への密着度を高め、一体的な協力を進めていけば、いつかかならず「駆けつけ警護」の「巻き込まれ」がどこかで起こり、その戦争は日本の戦争ともなり、この「国難」への国を挙げての対応が叫ばれるようになることは、柳条湖事件以後の日本の歴史的歩みが教えている。

 また、年金問題、格差問題など、政治の劣化が招いた経済の構造的な矛盾は、容易には解決できない。そのような閉塞状況から国民の目を逸らすためにも、より大きな「国難」が現出、国民に対してこれに一致結束、向かっていくことを呼びかけることができれば、大きな政治の安定が獲得ができる。1929年・大恐慌のあとの長い疲弊の下で、国民大衆の心理が重大な政治不信に陥っていたなか、柳条湖事件の勃発は、満州という希望の新天地の発見を国民に促すとともに、この希望を阻む「暴支」(横暴なシナ)という日本の敵、戦うべき相手を国民に見つけてくれたものだ。

 アメリカは、安部政権大敗のあとにつづく、より大きな政治的危機のなかで、日本の政治がこのような国民統合型の政権樹立に帰結しても、それがアメリカの望む方向での日米同盟の強化と安定化をもたらすものであれば、これを拒否することはしないはずだ。だが、それは必然的に改憲、9条撤廃をあわせてもたらし、安倍首相自身の手ではできなかった「戦後レジームからの脱却」を招来しないではおかない。アメリカは、柳条湖事件から太平洋戦争にいたった日本を打倒するために戦い、敗戦日本を平和と民主主義の国に育てるために新憲法制定を促した。ところがアメリカはいまや、かつての日本の軍・政府にとって代わり、みずから日本を、再び柳条湖事件を起こし、やがて太平洋戦争を目指すように誤導する役割を、恥ずかしげもなく演じようとしている。手始めに改憲という難関をどう越えるかが、アメリカと日本の対米従属勢力にとって最大の課題になっている。

 安倍政権大敗がもたらした政治情勢とは、以上のようなものではないか。このような情勢に適切に対処するためには、参院選の途中から忘れられがちとなり、安倍政権大敗以後の状況下でも語られることが少なくなっている感のある、護憲・9条擁護の意義をめぐる議論を、ここでもう一度大きく立て直し、いたるところでたたかわせていくことであろう。それこそが、アメリカと対米従属勢力の思惑を確実に打破するカギとなる。とくにメディアは、「自民、民主の大連合。『まさに近衛文麿内閣の再来。・・・』」(堺屋太一。毎日・8月10日付朝刊)というような動きをつくり出す手助けを、ゆめゆめしてはならない。そのことも自分が過去に犯した過ちを省みれば、はっきりするはずだ。

(終わり)。救急車