岩下俊三/「ミサイル報道」とワールドカップ/06/07/14

 


「ミサイル報道」とワールドカップ日本チーム

への異様な「煽り」は同根の病

岩下俊三(フリージャーナリスト)

1948年生まれ。慶応大学卒、パリ大学在学中から映画制作、BBC、フランス2などでテレビドキュメント制作に従事。1985年よりテレビ朝日をベースにニュースステーション、報道特別番組を制作、世界中の紛争地域を取材。大学講師(表現文化論)。

「敵基地攻撃論」まで引き出させたメディアの過剰反応

北朝鮮が弾道ミサイルを発射したとされる「事件」について、国内外でさまざまな論評がなされている。

一応「言論の自由」が保障された憲法のもとでは、それはそれで、多様な意見があってしかるべきだと思うけれど、マスメディアの「過剰な反応」が結果的には、為政者の「強い制裁論」「ミサイル防衛の前倒し、加速論」まして「敵基地攻撃論」を引き出させてしまっていることに、つよい懸念をおぼえている。なぜならそれが報道各社(各機関)の思想にもとづく「言論的な」姿勢に依拠しているのならまだしも、そうではなくて、現代ニッポンのメディアが抱えている構造的な問題に拠りやむを得ず「そうなって」いるから懸念するのである。もしそれが、つまり「言論的」なイッシュー以外でメディアが「煽り」、それで政治や外交が動かされている構造があるとするならば、それは単なるポピュリズム以上の由々しき問題であるといわざるを得ない。

宿命なのか、速報性優先に巻き込まれている現場

 報道の現場、とりわけ大量の情報を「空気=ON・AIR」に向かって流し続けることを余儀なくされるテレビでは、このような「大事件」が起きると、ただちに「情報の枯渇」現象が起きてしまう。そもそも北朝鮮の映像はほとんどなく、情報も限られているし、あったとしてもその殆どが国家機密に類するもので、それでも手に入るということは「なんらかの意図的な」情報でしかない。しかし然るべき当てもないのに「緊急・特別番組」が組まれてしまう。やる以上はなんらかの情報がなければニュース(=商品)にならないのである。だが「絵もコメント」もない。「官邸はどうした?」「外電は繋がらないぜ」「非番を起こせ!」「なんでもいいからキタチョウの素材を集めろ!」・・・・こうした状態がサッカー中継のテレビの裏側ですでに起きていた。

検証もされない情報を流して危機感を煽る

情報の自給バランスがとれなくなって修羅場と化したこうした現場ではまずは怒号が飛び交い、やがて、どんな情報にでも飛びつく「入れ食い」状態になっていく。そして、テレビの「速報性」への視聴者の期待に応えるべく(?)十分な検証もされていない情報が流れていき、ほとんど根拠なしにしゃべり続ける「専門家」の争奪戦が繰り広げられていくことになる。「枯渇」していると泥水だろうが汚水だろうが飲んでしまうのである。それがその飢餓感が知らず知らず国民の危機感を「煽る」のである。・・・・煽っているのではないかと私は思う。

この「危険な罠」を後の歴史家は「陰謀」と呼ぶのかもしれない。しかし事実は違う。ただ「忙しくて」時間に追われているだけだ。民営化や株式上場によって、営利企業の社員でもあると自覚させられている記者は自分にも「費用対効果」が厳しく問われていることを知っている。視聴率を上げ、発行部数を増やさない限り、競争に勝ち抜けないことも知っている「ジャーナリスト」なのだ。彼らにとってセンセーショナルで大量の情報をしかも低コストで「報道」することが重要なのだ。私の経験でも似たようなことはあった。たとえば第一次湾岸戦争のとき「油まみれの水鳥報道」が環境破壊者としてのサダム・フセイン像をでっち上げた(後にこれが間違いだったことを自ら検証したが)ことや、9・11事件の直後、まだ何もわからない時点ですでになぜか「同時多発テロ」という言葉があり、すぐに使った(これはまだ検証されていないが)ことなどの苦々しい経験だ。テレビの宿命ともいうべき速報性優先はたしかにあった。あったけれど、そのころはいずれ検証してやろうという気概も残っていた。しかし今やそれすらない!とにかく考えたり疑ったりする余裕はないのだ。現場にそんな非効率的なことは、もはや許されてはいない。

ミサイル報道の粗雑で乱暴な意見を抑制したのは、憲法九条

根拠なき「煽り」の報道がどんな結果をもたらすのか?それをみた大衆が「懲らしめよ!」「やってしまえ!」と言い出したら、為政者はどうするのか。もはや歴史を改めて振り返るまでもないだろう。だが今回の「事件」でそうした乱暴で粗雑な意見をもっとも抑制したのは、皮肉にも憲法9条そのものであった。憲法に助けられた。だからといって、それ(抑制機能)が充分でなかったメディアの問題は看過できるものではない。

こういうと不謹慎かもしれないが、ワールドカップの日本チームへの異様な「煽り」と、今回の北朝鮮「ミサイル報道」とは同根の「病」であると思う。なぜ同根かというと、両方とも現実との乖離が甚だしく、検証もされていない情報を繰り返し「垂れ流し」ているからである。もしそれが本当に「病」であるなら、直ちに治療すべきである。ビート・たけしも家庭の医学に関する番組でこう「煽って」いるように。

「放っておくと、大変なことになりますよ!!」